67話 スミス閣下
「やあ、皆ごきげんよう。今日は日本の秋の風景を見ながらのバーベキューを見て貰うとしよう」そう言って、ジョージの動画は始まる。
ここは僕の家の庭だ。御覧の通り、隣とは林があって、騒いでもまず隣家に聞こえることはない。そして前の家はわずかに屋根が見えるだけだ。だから誰にも遠慮なくバーベキューが楽しめるんだ」
保養リゾートの家は南向きの傾斜地に作られており、各家は皆、平屋建てで屋根が低くなっている。その為に下の家の屋根に視界が遮られない構成だった。ジョージの庭からも色鮮やかな紅葉を満喫できた。
「見てくれ。日本の秋は山の木の葉が一気に色づく。寒暖の差が激しい気候の所為か、色が一段と映えるんだ。昔の歌人はこれをモミジの錦と形容したそうだ。僕も本当にそうだと思う。そして今日は近所の友人たちと、これを見ながらのバーベキューは最高だよ。
また、日本のバーベキューは肉ばかりでなく、魚、野菜もふんだんで、種類も多い。玉ネギ、カボチャ、ナスと言った物から、これはシイタケと言うキノコで醤油を垂らして焼けば、香りも味も楽しめる。そして何よりの物がトウモロコシとサツマイモだよ。アメリカではぱさぱさで甘味もないことから家畜の飼料にしか使われない、全く見向きもされないものだ。これらを日本人は甘くてジューシーなスイーツに変えた。サツマイモは日本では石焼き芋と呼ばれ、寒い季節になると町の中にも焼き窯を乗せた軽トラが走る。これを始めて一口食べたアメリカ人が、余りのおいしさにこのトラックを追いかけて何個も購入したほどだ。トウモロコシは煮ても焼いても上手い。甘いだけでなく、ジューシーで僕も初めてこれを食べた時は、スイートコーンと違うものだと思ったよ。とにかく、サツマイモとトウモロコシだけを食べに日本に来る価値はあるね。」
彼の動画にはバーベキューを楽しむ者も4、5人映っていた。その中で一人のアメリカ人が注目された。彼はレオナルド・スミスという退役軍人で、70代を半ば越えているが、軍人上がりらしく背骨がまっすぐ立ち、療養センターにお世話になりたいと思う体つきでもなかった。
ベトナム戦争で初めて従軍し、湾岸戦争、アフガン戦争なども経験した歴戦の勇士で、彼の指揮のもとで何度も部隊を窮地から救ったことにより、アメリカ軍の誇り、閣下と言われればスミスのことを指すとも称される人物だった。
半年前、その彼はクラークから勇次の療養センターに入所しないかと話を持ち掛けられた。
「あのペンタゴンのコンピューターに忍び込みながら、有名な医者にもなっている?そんなとんでもない人物が日本にいるのか。私も引退して、やることがないからせめてどんな人物か知ってみたよ。」と乗り気だった。
「ただな、私には孫がいて、彼を見知らぬ国に連れて行くのはちょっとためらうんだ」
「それでしたら、ご家族と相談なさってください。でも懸念されるようなことではないと思いますよ」スミスから二つ返事を貰えなかったクラークは、自信ありげに言うのだった。
スミスには小学生の孫がいる。孫の名はショーンと言って、長男夫婦の子供だったが、昨年交通事故で両親と年の離れた姉を失くしてしまった。姉の誕生日を祝って前から家族旅行を計画していたのだが、当日になってショーンは麻疹による高熱を出した。一人残されたショーンに届いたのが家族を全て失った悲報だった。その失意の為、彼はすっかり塞ぎがちになり、もっと悪いことに学校でいじめの対象にされた。子供と言うのは時に残酷な性格があるもので、不幸のショーンに同情するどころか、親兄弟が死んだことをからかいだしたのだ。これにショーンはさらに落ち込み、登校を拒否するようになった。
スミスは孫を引き取ったが、どう元気づけてやってよいのか途方に暮れていた。
「孫を連れて日本に行けないだろう。」と思いながら妻のサラに相談すると意外な返事が来た。
「それはいいじゃない。日本に行けばショーンはきっと元気になるわ」
「どうしてだ?言葉も習慣も違う日本に行けばもっといじめられるかも知れないのだぞ」
「だったら、ショーンに行きたいかどうか聞いてみましょう。」
その孫は日本行きに大変乗り気だった。
「僕は日本に行って、漫画やアニメをもっと見たい」と言って、目を輝かせた。
聞けばアメリカの学校でいじめられたのはショーンのアニメ好きが原因の一つだった。日本のアニメや漫画はアメリカでも人気だが、場所によって事情は異なる。ショーンの通っていた小学校はアニメよりスポーツの好きな子が多く、アニメ好きはほとんどいなかった。これがショーンのいじめの対象にされた要因でもある。
「日本でなら、アニメやマンガ好きの子が多くいて、いじめられない」そう思ったのも無理なかったのだ。
「自分は孫のことをよくわかっていなかった。」と反省するとともに、「クラークの奴、こんな私の家庭事情まで見込んで話を持ちかけたのか。どうも奴の掌に乗せられた気分で、癪に障る」と忌々しい気分にもなった。
スミスは人の心が読み取れると言われるクラークが好きではない。「あいつはどうもこそこそ裏ばかりで仕事をする奴」と思っていた。
「あいつは私の家庭事情を知り尽くして、私なら日本に行ってくれると思ったのだ。全く何もかもあいつの思い通りの結果になったか」と釈然としない。
ただ、クラークの「アメリカがカジタニを放置して、C国側と通じるようになるのは非常にまずい」という考えは理解できた。
もし万一にもカジタニをC国に利用されれば、また、ペンタゴンのコンピューターに忍び込まれるかもしれない。それだけは絶対に避けなければならない。ミスターカジタニをアメリカに迎え入れなくても、C国だけには渡したくなかった。
スミスが入所すれば、当然カジタニは対応を考え、それなりの待遇をしてくるだろう。それだけで、カジタニをアメリカに取り込めるはずだ。
日本の有名な医者がそんな重要人物か疑わしいが、クラークがカジタニをゴーストと判断した以上、間違いはないと思われる。
「よし私が、身近に勇次を見て、クラークの判断が正しいか見てみるか。」結局、スミスは妻や孫を連れて、来日した。