66話 田村のアドバイス
勇次は田村が会社を買収してくれたからも、連絡を取り合い、情報交換、アドバイスをし合う仲になっている。
田村は勇次の会社を買収した後、更に大きく拡大し、他の分野にも進出していた。大手メディアの乗っ取りや、政界への進出も図った。時代の寵児、風雲児ともてはやされたが、ただ、少しやり方が派手過ぎて、反発も大きかった。そのため、彼の会社の会計不正操作が見つかると、世間からのバッシングも酷く必要以上に叩かれてしまった。結局彼は勇次から買収した会社などを手放すほかなくなり、今は経済界から距離を置き、投資家として活動している。
それでも勇次は田村との交友を続け、互いに情報を与えあい、アドバイスし合う仲になっている。
田村もこっぴどく世間から叩かれた後でも、態度を変えずに付き合ってくれる勇次を、弟のように見ていた。
酒を酌み交わしながら、今回のC国の出来事やアメリカ大使館のことも聞いてもらった。
「これは、匂うな。勇次の才能をアメリカにもC国にも気づかれたと言っていいだろう。それでなければ、勇次だけに近づいてくる理由がない。二つの国は勇次を取り込みたいのだろう」
「いや、私はそんな人物と思われたくないです。」
「勇次の希望は二つの国にとって、どうでもいいことだ。勇次が使い道良いのなら、徹底的に利用するし、いらなくなったらポイするだろう。」
「迷惑この上ありませんね。」
「この国は、他国のことに気遣い過ぎて、国内の優れていることに気付かない連中が多すぎる。普通なら勇次のような才能の持ち主を政府機関の要職に入れるか、研究機関に押し込んで自由に活動してもらうはずだ。ところが、ここの役人どもは、明盲ばかりで保身のことしか考えず、国の将来のことは全く見ない。勇次のような才能のある奴を見出さないといけないんだ。」
「随分、僕を買ってくれますね」
「当り前だ、勇次の会社を買おうとして時、始めて会って僕は勇次の才能に気付いた。だから一緒に事業をやろうとも提案したんだ。お前と一緒だったら、僕はまだ事業を拡大して、日本最大の会社にだって、出来たはずだ」
「いや、それは、ちょっとないです。日本の製造企業は世界的にも優秀ですし、技術力も経済規模も外国企業に劣りません。私が田村さんに協力したとしても、そこまで会社を大きくできるとは思いません。」
「まあ、その話は置いといて、二つの国が勇次に関心を寄せてしまったのは事実と認めるべきだな。」
「それならどうしたらよいと思います?私は使い捨てにされたくありませんよ。」
「一番まずいやり方は、両国と近づ離れずをやることだな。」
「両国の間でバランスを取るのが難しいとでも?」
「そうだ。国通しの争いに中立などまずできない。最悪はどちらの国からも敵とか、裏切り者と見なされてしまうことだ。そうなったら、個人の力では対処できないぞ。それなら、どっちかについた方が良い。少なくとも一つの国からは味方と思われ、攻撃されることはなくなる。上手くすれば、保護してくれる。」
「田村さんならどっちを選びます?」
「決まっているだろう。ただな、どっちにしても勇次に利用価値がないと思われれば、容赦なく切り捨てられる。それが、覇権国家の有り様だ。覇権国家は世界の国の内政に構わず、手を突っ込んで来る。そこには個人の意思や権利の尊重などないからな。」
「私の利用価値がそんなにあるとは思えないのですが?」
「他人の評価は当の本人が一番気づいてないものだ。勇次の能力は恐ろしいものだぞ。お前の作った会社のソフトなんて実質全てお前が開発したものだ。お前の手掛けていたソフトを残った社員たちに手掛けさせたが、遂に物に出来なかった。お前がいれば、ネットの検索ソフトだって海外の物よりももっと良くできたはずだ。」田村は勇次の開発中だったソフトを見て、なんとかして完成させたかった。ところが他の者では手に負えないと分かり、勇次の才能に驚かされたことがある。だから何度も勇次との共同事業を提案したのだが、勇次は“医者になる”と言って断り続けていた。
「いや、私は当時すでに、インターネットにあまり興味持てなくなっていましたから、そんなに熱心になれなかったと思います。それよりも私が使い捨てにならないようにどうすればよいですか?」だいぶ横道にそれかけたので、話しを元に戻す。
「今の勇次の事業は好調のようじゃないか?カルロスの動画を見て、入所したがる人物が相当いるだろう。なるべくなら、アメリカの軍関係者、できれば情報機関を引退した人物に入ってもらうのが理想的だな」この提案に勇次は価値を見た。
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そのころクラークは帰国の機上にいた。
「もう帰られるのですか?今、日本は桜が満開です。見て行かれてはどうです」と大使には呆れられたが、彼の能力が日本滞在を認めなかった。
読心力があると言われる彼は、アメリカ国防省においても貴重な存在だった。彼でしかできないと言われる仕事もいくつもこなし、ペンタゴンにおいて彼の不在は許されるものではなくなっていた。そして、彼自身がこの状況に満足している。“ワークホリッカー”として自覚は持っているが、もし仕事を取り上げられたら、もぬけの殻になると思っていた。日本で桜見物などしている気になどなれなかったのだ。
長いフライトの多くを睡眠と読書に当てたが、勇次との接触のことも反芻していた。
「彼をどのように扱うべきか?」
「前にキャサリンを近づけようとして時、彼女は功を焦り過ぎて、失敗した。それならば、彼の進めている保養センターに人を送り込むか。」
期せずして、クラークと田村の考えは一致していた。