65話 クラーク登場
勇次は無事に帰国し、その後も平穏な生活に戻ることができた。
それから1カ月ほどのこと、国会議員の井上が尋ねてきた。
彼は、染谷の秘書をしていて、染谷の政界引退で選挙地盤を引き継ぐ形で出馬し、当選を果たしている。若手ながら将来有望な政治家とみられている。
勿論、妙子も勇次も彼の後援会に入り、選挙においては応援している。その見返りに彼らの事業において、井上の政治力に期待している。持ちつ持たれつの関係と言える。
その井上からアメリカ大使が面会したい旨を伝えられた。
「大使が私に会いたい理由を聞いていますか?」
「それは聞いていませんが、勇次さんが名医であること、カルロスの動画で何度も取り上げられおり、アメリカでも評判になっています。それを聞いて会いたいと思われても不思議ではないです。」
勇次は別にアメリカ大使と知り合いになることにさしてメリットはないと思えた。ただ、井上は外交分野にも力を入れている。ここで、井上が大使などと繋がりを持つのは、彼の出世にも影響すると考えた。
「分かりました。まあ、私は外交のことに関心ありませんが、井上さんの顔を立てますよ。」
二人が大使館に行くと、待っていたかのように大使が顔を出した。大使と挨拶を交わした後、一人の男性を紹介される。
クラークと名乗る男は、アメリカ国防省勤務と言う以外素性を明かさない。長身でやせぎす、眼光がやけに鋭かった。ただ、折り目正しい服装をしていて、一見すると銀行員と見間違うだろう。
そのクラークと別室で話をすることになった。大使と井上はしばらく談笑するようだ。
あきらかに今回の勇次を招いた目的は勇次とクラークを引き合わせる為だと思えた。
「あなたのC国での活躍は耳にしていますよ」開口一番言ってくる。
クラークは直截に話をするタイプのようだ。
「何のことでしょうか?私は別に活躍した覚えはありませんよ。」
「いやいや、あのC国の公安部から短時間で抜け出せたことは大変なことですよ。あそこに捕まって、一週間で出てきたのはこれまでもいますが、あなたはわずか数時間で脱出できた。極めて異例と言って良いです。どうやって出られたのか、お聞かせ願いますか?」
「取り調べの様子を逐一、私の友人に連絡していました。友人はそれを持って、日本大使館に駆け込んでくれました。後は大使館がC国外交部に強く抗議してくれ、その外交部の圧力で公安部も折れたようです。」
「ですが、取り調べの様子を連絡できないはずです。スマフォでも使ったのですか?」
「ええ、友人のスマフォに情報を送ったのです。」
「C国公安部があなたにスマフォを使わせてくれるとは思えませんが?」
「私は幸運だったようですね。友人に情報を送るのは難しいことではありませんでした。」
「そうですか。あなたは実に幸運だった。」その言葉には全く話を鵜呑みしてないことがありありだ。
「ところで20年ほど前に、あなたはインターネットの不正操作で警察の取り調べを受けていますね。その最中に“ゴースト”がペンタゴンに情報を流した。ゴーストは我々にもう二度とネットの不正操作は行わないと約束をして、我々もゴーストを追求するのを止めました。それによって、あなたはゴーストとは無関係であると証明され、釈放されました。今回のC国でのあなたの対応は、ゴーストの時と同じように見えるのですが?」クラークは勇次がゴーストであるとまだ疑っている。
「ゴーストですか?それは何者ですか?」それに対し、勇次は何食わぬ表情で空とぼけて返した。ただ、内心ぎくりとしたのは間違いない。
(今になってもまだ、コーツの存在を探っているのか)と思った。
「そうですか、ゴーストについて何もご存じありませんか?ゴーストは我々との約束を守り、それ以降、何の問題も起こしていません。今後も約束を守り続けるなら、我々も追及はしないでしょう。今回のミスターカジタニのお話は大変有益になりました。あなたが、今まで通りの行動をされるなら、我々はあなたを見守り、そして支援しますよ。」
そんな内容でクラークとの会見は終わった。
勇次たちが大使館を辞去した後、大使はクラークに聞いている。
「彼の印象はどうでした?」
「間違いなく、彼はゴーストですよ」
「え、白状したのですか?」
「いや、とぼけていましたが、私がゴーストを口にしたら、明らかに動揺しました。まず間違いないでしょう」
「相手の内心を読み取れるあなたが言われるなら確かですね」
「こればかりは会って、見ないと確認できませんからね。でもわざわざ日本まで来た甲斐はあります。」
「これから彼をどうされます」
「彼には何もしないよ。ただ、彼にC国の連中が近づかれるのは困る。もし、僕の推測があっていれば、彼は恐ろしいほどの才能の持ち主だ。間違ってもC国と協力されてはまずい。何としてもこちら側にいてもらわなくてはならない。我々も注意を払うが、大使館側も協力してください。」
「ええ、勿論です」
その後も話し合いは続いていた。