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私の中の怪物  作者: 寿和丸
4部 今日の花を摘め
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64話 釈放

トイレから戻ると再び、尋問が始まる。

「お前は女を部屋に連れ込んだ」と係官が同じことを言い出す。ここで勇次は係官を挑発することにした。

「女、女と言うが、誰があんな不細工な顔の女に手を出すか!珍竹林の女と寝たいと思う奴がいるか!お前の所にはあの程度の女しか用意できないのか?」

これを通訳が係官に伝える。概して日本語の悪口の表現は柔らかく、種類も多くないと言われる。それに対してこの国の悪口は世界的にも激しいとされる。“珍竹林”を通訳がどうのように訳したかは分からなかったが、相当な酷い言葉だったようだ。

取り調べ官はいきなり立ち上がり、机をどけ、勇次の胸倉につかみかかる。

「何を生意気なことを言うか!」言ったことは分からないが、多分そんなことを口走りながら、拳骨が勇次の右頬を襲った。

どうやら、ホテルに忍び込んだ女は保安課に属し、係官とは近い関係を持っていた。自分の女を虚仮こけにされたと思ったようだ。

1発、2発、3発と拳固が当たる。

勇次はこの暴発には驚いていたが、拳固を防ぐのは容易いものだった。

相手の右の拳固の速度は遅く、躱すことも受けるのも容易だ。

更に胸を掴んでいる左腕の力は強くなく、簡単に振り払い、腕の逆を持ってへし折ることもできた。

だが、勇次は殴られることにする。傷害の跡があれば、拷問を立証できる。全く無抵抗のまま拳固を甘受する。

少しの時間おいて、助手と通訳が係官を押さえに入る。二人して何とか係官を羽交い絞めにした。

それでも係官は「放せ!」となおも殴り掛かろうとした。完全に逆上している。

助手たちが懸命に係官を押さえつけてくれ、勇次は3発殴られただけで済んだ。


その時だった。はあはあと息が上がっている係官の携帯の呼び出し音がなる。

「この忙しい時になんだ。」と思いながらも携帯を取り出す。

出てみると相手は日本大使館員と名乗った。

「あなたのしていることは我が国の国民の安全を脅かす行為です。これ以上、暴力を振るわれるなら国際社会に訴えます。」

全く予想外のことだった。勇次のスマフォは取り上げており、外部とは連絡できないはずだ。

それが日本大使館は勇次に、拷問していると言ってきた。明らかに大使館側はこちらの状況を的確につかんでいる。

そうでなければ、勇次を殴りつけた直後に電話がかかってくるはずはない。

係官は驚愕した。自分のしたことがばれている。

日本大使館に全てが筒抜けになっている。

逆上していた係官は見る間に青ざめていた。

演技上手な俳優でもなかなか出来ないほど、係官の顔の変化は目覚ましかった。


特権を嵩にして圧力を掛けてくる小心者は、相手が大きなバックを持っていると分かると、途端に態度を変えるものだ。

この係官がそうだった。公安課の係官ということを背景に勇次に圧力を掛けて言う通りにさせようとしたが、逆に勇次が全てを日本大使館に流していた。

こんなことが知られれば公安課はもとより、C国が世界中から非難されかねない。

庶民には横柄な公安課も、他所の国の外交官などには注意を払う。うっかり手を出して国際問題になれば、公安課そのものがC国上層部から糾弾される。

この係官も日本大使館の電話にあたふたして、「いや、その」と意味不明な言葉しか言えなかった。

これ以上の尋問は無理だ。

大急ぎで治療班が呼ばれ、勇次の傷は消毒され、ガーゼが当てられていく。

さらに外交部の上層に日本大使から抗議の電話が行った。この時大使は「拷問が行われている確かな証拠がある」とも言ったようだ。

これにはC国外務省が大騒ぎとなり、公安課に「直ちに日本人の拘束を止めろ!」と連絡が入った。

公安課の幹部は対応に大わらわとなる。

「どうか穏便に」と大使館に伝えるが、「日本人の釈放が先決だ」と言って断られる。


ほどなくして勇次は解放された。取り調べの前に没収された手荷物や財布、時計、スマフォなども返される。

スマフォがなくて、どのように日本大使館と繋がっていたのか公安課の者達は首をひねっていた。

勇次に「どうして連絡出来たんだ」と質問するが、「テレパシーだ」と煙に巻いてやった。

公安の対応はすこぶる丁寧になっていたが、勇次の機嫌が治まるはずもない。

もう公安課に拘束されてから7時間が経とうとしていたころ、ようやく釈放されたのだ。ブスとした表情は変えなかった。

公安処の建物を出ると、小林を始め、大使館員の4人が出迎えに来てくれていた。

C国公安課の職員も顔を見せているが、取り調べに当たった者達は誰も現れなかった。おそらく彼らには今度のヘマにより厳しい立場になると思われる。

勇次にすれば知ったことではないと言う気持ちだ。

「あいつを一発殴り返したかった」と今になって思っている。

ともかく、小林の顔を見てようやく安堵の顔になった。


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