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私の中の怪物  作者: 寿和丸
4部 今日の花を摘め
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62話 北京のホテルで

「院長、C国でのハニートラップは有名です。奥さんに一緒について行ってもらうことはできませんか?」学会での発表の為の資料準備をしている時に小林から言われた。

「妻はここの所更年期障害がひどくて、頭が重くて立つのも苦労している。とても連れていくことは出来ないよ」晶子はもう40を過ぎて、9人の子沢山でもあるが、今、女性特有の症状に襲われている最中だった。由香は更年期をとっくに過ぎ症状も軽かった。彼女なら同行してくれるだろうが、それは晶子のご機嫌を損ないかねない。勇次は二人の女性にはいつも気を遣うことにしている状態だ。女性同伴は諦めるしかない。

「うーん。そうですか。院長は女性に持てるから、気を付けてくださいよ」

女性に持てると言うのは小林の婉曲な言い方だ。この頃には由香との関係はある程度知られるようになっていて、一部の者からは有名女優との恋仲をやっかまれてもいたくらいだ。

それだけに、中国でも勇次が女性にだらしないと思われてもおかしくない。小林は北京でのハニートラップを本気で心配していた。


国際学会は欧米などの有名な研究者も参加していた。

「ハロー、カジタニ=ドクター」学会での発表会の後で開かれるパーティで、勇次は多くの研究者から挨拶を受けた。

勇次は大学卒業もしばらくは佐竹の教室で研究を続け、これまたいくつかの成果を上げており、論文は注目され、引用されていた。

海外の権威ある研究者までが共同で研究しないかと勇次に接触を求めてくるほどだった。

ところが、勇次は32になると、開業医になり、自ら研究への道を閉ざすようになる。論文こそいくつか発表したが、学会にはめったに顔を出さなくなった。

今回は佐竹の勧めがあったから来ることにしたのだが、普通だったら勇次自ら出席するはずはなかった。

それだけに、国際学会で、勇次と顔見知りになろうと、握手を求めてくる学者は列を作った。

「大変な人気ぶりだね」人が途絶えた合間に、佐竹が笑いながら声を掛けてくれた。

勇次との共同論文は国際学会でも高く評価され、ノーベル賞などの多くの有名な国際的な賞の候補にも取りざたされるくらいだ。

マスコミなども下馬評では上げている。

ところが、勇次が開業医になって学会に顔をださなくなったことで、勇次の知名度は正当に評価されてないように思っていた。


学問の世界において、研究者に比べ、開業医は低く見られがちだ。

一般では「頭がいいから大学に残ったが、出来が悪いから開業医になった。」と評価されがちなのだ。

勇次も心臓外科医として、難手術を成功させ、高く評価されているが、学会においては顔が知られていない。

賞とは本人の実績を正当に評価して与えるべきものなのだが、顔が知られているかいないかが授賞理由の一つにもなっているのが現状だ。

「勿体ない、このまま開業医なんかにしていては、梶谷君が埋もれてしまう」

そう考えた佐竹は、今度の国際学会にやや強引に勇次を連れ出したのだ。

彼の思惑は見事に当たることになり、愛弟子が脚光を浴び、嬉しくて仕方なかった。


「ふう!やっと解放された。」会場から、ホテルの部屋に戻ると深くため息が思わず漏れた。

パーティで酒は大してくちにしなかったが、多くの人に会い、気疲れがでたようだ。思えばこんなに多くの人と会ったのは余りなかったように思える。

着替えるのもそこそこにして、横になろうとベッドに近づくと、そこに思いがけない物を見た。

何と見知らぬ女が、寝間着姿で、こちらに微笑みながらベッドの中にいた。

休むことだけを考えていたのに、邪魔されたと感じる。

「何をしている。出ていけ!」すごい剣幕で怒鳴った。

それから、女の頭をわしづかみにすると、ベッドから引きずり落とす。

床に転がされ、女はびっくりしたようだ。

胸元のボタンが外れ、大きな膨らみが溢れてきて、深い谷間が見える。

「○△ΨΠΘ!」立ち上がり、女がしきりに弁解するが、何語だかも理解できない。

顔は目鼻がくっきりして由香に似ている。どこかで見たように思った。

「そうだ!パーティ会場に酒などを配っていた女だ。俺に酒を差し出そうとして、何か言って来たようだが、無視をした。あれから、見えなくなったがこの部屋に忍び込んでいたのか。」

“ハニートラップ”この言葉がすぐに頭に浮かんだ。

勇次は何も聞かず、女の腕を力込めて掴み、ドアに向かって引きずった。

その間も女は何か喚いている。

女の尻を蹴とばすようにして、廊下に放り出す。

そこで女は更に声を張り上げ、言い争いになった。その騒ぎにフロア係が飛んでくる。

廊下を挟んで向かいの部屋にいた小林も飛び出してきた他、また、近くの部屋からも外人客が顔を出してきた。

「何だ。このホテルは連れ込みか宿か!」勇次は周囲にも聞こえるようにはっきりと言う。

これを聞いて、フロア係の顔がぎくりとする。やはり国際ホテルで売春行為が行われていると言う風評が広まるのはまずいと考えたようだ。

慌てて女を連れ出していった。


その後で、勇次は「あんな女の匂いがするベッドで眠れるか!」と言って、ホテルの従業員にベッドのシーツを取り返させた。

急なベッドメーキングに従業員は不機嫌な顔を隠さないで作業をしている。

その作業を小林は目を光らせる。

「大変な災難でしたね。でも院長に被害が及ばなくてよかった。盗まれた物はありませんよね」

「うん。大事な物は部屋に置いとかないから、問題ないよ。」

ばたばたしながらも、作業が終わって、従業員が不愛想なままいなくなった。

二人だけになって、対策を練ることにする。


なお佐竹は夫人を伴っており、二人部屋の区画にいてこの騒ぎを知らなかった。


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