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私の中の怪物  作者: 寿和丸
4部 今日の花を摘め
60/89

60話 動画の続き

「そして、今、僕は妻と一緒に日本の家庭料理を習っている。ちょっとその様子をお見せしよう。先生は地元の主婦で、簡単でも美味しい料理を教えてくれる。動画も投稿しているので、今日は先生とのコラボの動画になるね」

そう言う彼は玉ねぎを取り出し、皮をむくことに挑戦する。

「玉ねぎは、根っこの方からナイフを刺し、玉ねぎを回すと根っこが簡単にとれる。絶対にナイフを回さないで、玉ねぎを回すのがコツと教わった。そして茎の方から皮を剥くと楽だよ。」まだあぶなっかしい手つきだが、ジョージはなんとか皮を剥き上げた。

「日本料理は野菜をたくさん使うし、種類も多い。また季節ごとに食べる野菜を選ぶのが特徴だ。今、剥いた玉ねぎも新玉ねぎといってこの時期にだけしか出回らないものなんだ。特徴はなんといっても辛みがすくなく甘みが多い。ほらこうやって生のまま食べられるくらいだ。」

彼は薄切りにした玉ねぎを頬張って見せた。

「うーん。美味い。全く、この玉ねぎに熱も加えなくても、水にさらさなくても、食べられるんだ。新鮮で、季節限定の物だけなんだが、今だけしか味わえない体験をしている。

僕はアメリカではこんなことも知らなかった。みんなも同じだと思う。これからもっと僕が感じた日本の季節のことを紹介していくよ。では今日はこの辺でバイバイ。」


「ハチ、おいで」と彼が手招きすると、幼い犬が胸に飛び込んで来た。

「この犬は日本犬でこちらに来てから飼い始めた。日本犬の特徴として主人には忠実で、他の人には警戒心を持つ、番犬としては最適だと言われている。ところがこのハチは、日本犬でも一番体の小さな“柴犬”という犬種で、非常に人懐っこい。誰にでもすり寄り甘えるので、番犬の役割を果たしそうにないね」

そう言いながら、ハチの身体を撫ぜると、尻尾を振って応え、すっかりジョージに甘え始めている。

「ハチと言う名は、映画化された『ハチ公物語』の犬の名にちなんだものだ。映画は死んだ主人を犬がずっと待ち続けるストーリーで、よく知られている。実話の犬は“秋田犬”だが、僕は“柴犬”を選んだ。何故って、一目ハチを見たら、もう虜になってしまったからさ。

この保養所ではペットを飼うのが自由だ。どちらかと言えば飼うことを勧めているくらいだ。ペットと一緒に居れば、生き甲斐も増えるし、体も動かすことになる。僕はここにきて、ハチとの散歩が日課になっている。

アメリカでは散歩などしたことがなかったくせに、ここに来たら楽しくて仕方ない。今日は満開の桜の下を散歩するよ」

動画は花びらの舞う下を歩くシーンになる。

「ニューヨークの桜に比べ、ここはそんなに多くの桜の木が植えられてはいない。でもここはニューヨークと違って、人が少なく静かで僕ら夫婦だけで楽しむこともできる。そしてね、出会う人と大抵、挨拶を交わしているんだ。」

「コンイチワ」

「今日は」

丁度、この時、やはり犬を連れた日本人の老夫婦と出会って挨拶をした。

「挨拶をしたからと言って、僕はあのご夫婦の名前も家もしらない、始めて会った人だ。でもここでは出会った人と挨拶をするのが当たり前なんだ。ルールとかマナーではなく自然の形で見知らぬ人とも挨拶をするようになる。アメリカでは考えられないことだと思う。

アメリカでは毎日のように銃で殺される人がいる。日本では年間を通してもめったに銃に撃たれる人はでない。殺人事件も圧倒的に日本は少ないし、犯罪そのものが少ない。勿論日本にも犯罪はあるが、身の回りを心配するほどのことは決してない。

特に、ここは田舎町で、殺人事件なんて20年以上も起きてないそうだ。だから、こうして見知らぬ人とも警戒することもなく気軽に挨拶を交わせる。

昔の、ヨーロッパにもこのように人々が安心して生活できた時代があったんじゃないのかな。でも文明化して、交通機関が発達して、世界が狭くなると、争いごとが多くなり、人々は見知らぬ人、異国の人を警戒しなくてはならなくなった。文明化が人々に良い影響ばかり与えてくれたといえない。

しかし、ここでは文明国の首都近くでもありながら、人々は誰とでも挨拶する風習が残っている。僕はここで安心して生活できるライフを満喫している。」


ジョージの動画は2、3日に一度の割合で投稿された。アメリカの有名人の動画は多くの人に見られていたが、来日して10か月目に衝撃的な動画が投稿される。

「今日は、ここでのダイエットの成果をお見せする。これは僕が来日した時に着ていたジーンズだ。でも今着るとこうなる。」

彼はズボンの前を手で延ばすと、だぶだぶの服には、もう一人にジョージが入れそうな空間が出来た。

「御覧の通り、僕の着ていた服は全て、大きすぎて着られなくなった。体重はなんと100キロを割った。僕は10代の後半から、常に100キロを越えていたんだ。50年間、苦労してダイエットしても100を切ることが出来なかったのに、日本ではたった10カ月でダイエットできた。

これは毎日の生活が、ヘルシーな食事をして体を動かすことになったからだ。別にダイエットをしようと思わなくても、ここで生活することだけで出来たんだ。

そしてね、僕の妻も決しておデブさんではなかったが、スリムとは言えなかった。でも彼女もスリムになれたし、何と言っても若返ったよ。日本にいるだけで、温泉の効果もあって、彼女の肌はつやつや、すべすべになった。本当にここでの生活は健康的だと思う。

僕はこれから妻と一緒に日本の多くの所を見てこようと考えている。もう、杖や車椅子に頼らなくてもどこにも行ける。健康に心配がなくなった。」

この動画は大きな反響を呼んだ。

デブだったジョージがスマートになったことが、世界の話題になり、それと共に、勇次の保養所には世界の健康に不安を抱える、金持ちからの問い合わせが殺到するようになった。



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