6話 書斎にて
「また何かお気づきのことを思い出されたらお話しください」そう言って、刑事たちは引き上げって言った。
勇策は刑事には怪物が体に入っていることを言わなかった。男の死因などもしっていたが、知らぬふりをしていた。
『黒い物』がいたと言うだけで怪しみだした彼らに、更に言い加えたらいよいよ耄碌して頭がおかしくなったと思われる。
黒い物がいたと言うのがせいぜいな所と考えた。
「おい、そろそろ出て来んか、何か、俺に話しかけたいことがあるんだろう」静かに独り言を口にした。
勇策は怪物が傷から侵入してきた時、体を乗っ取られようとしていると思った。
「体を寄こせ」怪物が頭の中で叫んでいるようだった。
「お前は何だ?」
「俺か。俺は宇宙を何万年も旅してきた者よ。お前の体を乗っ取り、やがてこの世界を支配する。お前はこの世界の支配者になれるんだ。言う通りにしろ」
「わはは。これは面白い。儂を乗っ取れるものならやって見ろ」
それから、体を賭けた戦いが始まる。その間、勇策は気を失っていた。
その戦いは丸一日も続き、やがて、怪物から「このままではいつまでたっても終わらない。一旦争いを止めよう」と言ってきた。
「なんだ、最初の頃の鼻息と違って、随分大人しくなったな」
「お前を力づく支配できないと分かった。こうして争い続ければお前の体力は消耗してしまう。そうなれば俺にとっても良いことではない」
「それはおかしい。儂が弱ればお前は支配し易くなるのではないか?」
「お前の体からエネルギーを受け取っている。お前の体が弱まれば俺も弱まる。今のままでは共倒れだ。」
それは勇策にも真実と分かった。
とりあえず、一時的に争うのは中断して、話し合うことになった。
「ではお前のことを、教えてくれ」
「いや、別に教えなくても、俺と話をしているだけで、互いの記憶を知ることになる。お前と接触するだけで、記憶を共有しえるんだ。一度に記憶を共有し合うのは、互いに負担になる。このまま接触していけば、お互いの記憶が共有されていく」
それは、互いに嘘を付けない関係だった。
「どのようにして、お前はあの男にとりついたんだ?」
「山で男の体に付着した。だが、あの男を支配できなかった。俺がまだこの地の生き物の構造がよく分かっておらず、手間取った。そしてあの男と接触できた時、あの男は急に錯乱状態になった。おそらく俺の存在に気付いて、男は耐えられなかったのだろう。」
「お前が侵入した時は猛烈にいたかったぞ。儂も気が狂いそうだった」
「こっそり、ゆっくりと体内に入れば、普通は気づかれることもない。だがお前には最初から気づかれてしまい、強引にもお前の中に入るしかなかった」
「ゆっくり入るって、どう入るんだ?」
「あの男の時は、皮膚に無数の穴(汗腺)から入って、気づかれなかった。ただあの男は接触しただけで大騒ぎした。なんそれが分からない。」
「接触と言うのは今のように、お互いの考えをさらけ出すことか?」
「それ以外、接触の方法はない」
「それでは気がふれて、当然だ。儂にもお前の姿は化け物にしか見えない。そんなものが触れ合ってくれば頭がおかしくなって当然だ」
「だが、お前は狂わない。何故だ?」
「儂はお前に会った時よりももっと恐怖を感じたことがある。おそらく男は今まで大した恐怖を経験してこなかったのだろう。
だが、どうしてあの男から離れた?男が錯乱したのはお前にとって好都合ではないのか?」
「あれだけ、錯乱状態になれば、コント―ロールするどころではない。俺にとって、ある程度の意識を保っている者でないと、制御などできない。だがら、替わりの肉体が欲しかった」
意外な話だった。人間を支配するといっても、気の狂った人間は駄目のようだ。
「お前は地球を支配すると言ったな。そんなことがどうしてできると思う?」
「俺は100万年でも生きられる。それだけの時間があればできないことは何もない」
「確かにそうだが。それは、それはご苦労だったな。」思わず勇策は皮肉る。
「何が、可笑しい。」
「俺はもうよぼよぼの体だ。いつ死んでもおかしくない。そんな年寄りの体にいて、何ができる。だったら、私から早く離れればよいだろう」
「いいのか、俺が離れてしまえば、お前は多分死ぬだろう」
「何、儂が死ぬ?」
「そうだ。あの男は俺が離れると、そのショックで心臓発作を起こし死んだ。お前も同じように死ぬことになるだろう。」
それを聞くと流石に勇策も笑えなくなる。
「儂の体に、取りついた理由は分かるが、離れないのは儂が死ぬことを気にしてのことではないだろう。お前にとってよぼよぼ爺から離れないのはどうしてだ?」
「俺が、お前の体から離れないのは、お前が俺のエネルギー代謝器官を壊したからだ。お前が俺の体を突き刺して、俺の大事な器官が壊された。今の俺にはお前の体から離れるエネルギーが残ってない。」
怪物の苦境を知ると勇策はまた面白くなる。
「は、はは・・。それはいい。
何百万年も生きると言う奴が、あと余命数年の儂の体から出られないのだ。これがおかしくないはずはない」
「・・・・」怪物は機嫌が悪くなったようだ。それきり怪物の声はふっつりと消えた。
病院で勇策が眼を覚ましたのは、その後のことだった。
それから勇策は屋敷に戻り、刑事たちの質問を受け、ようやく一人となってから怪物に呼びかけた。
「おい、いい加減に返事をしろ」
「そんな、強く念じなくても聞こえている。
「どうしてずっと黙っていたんだ?」
「お前の体を探っていた。人間と言う生き物の構造を良く知らないといけないからな」
「何か分かったのか?」
「ああ、よく分かったぞ。そしてお前と相談したいことがある」