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私の中の怪物  作者: 寿和丸
3部 医者になる
57/89

57話 記者会見

翌朝、食事を摂った後、由香から「私は大丈夫よ。奥さんの所に戻って」と言ってきた。

何か彼女は吹っ切れたように、明るく言った。確かに、由香は自分の将来に目を向けてきたのが分かる。

「ここには僕の赤ちゃんがいる。大事にしてくれよ」由香のお腹を摩り、勇次は部屋を出ていった。


家に帰り、晶子に本当のことを言って、晶子にも承知してもらわなくてはならない。

「何と言おうか、でも本当のことを話すしかないだろうな」

話しの切り出し方が難しい。これほど、考えながら、晶子と話すのは初めてだった。

「初めは偶然の出来事からだった。本気に好きになったことはなかったし、いつも遊びのつもりだった。

晶子が一番、重要だし、子供もいる。僕にはこの家庭が一番と思っている。家族を守るのが僕の使命だ。彼女を忘れ棄てることも考えていた。

だが、彼女が命を絶とうとした。もし僕が彼女を見捨てたら、彼女は死を選ぶだろう。それは僕には出来ない。

だから、僕は晶子を一番に思っているし、子供が大事だ。ただ、彼女も捨て去ることはできない」

勇次は自分でも随分、身勝手な言い方だと思った。でもそれ以外にとれない選択だと考えた。

晶子は明らかにショックを受けていた。ただ、勇次が繰り返し「晶子と子供が愛していて、守る」と言ったことに怒りがあまり起きなかった。

「彼女と言うのは誰?」相手の女性については詳しく聞きたくはないが、それだけは知っておきたかった。

「霧島由香だ」

「まあ」晶子は夫がそんな有名な人と付き合っているとは思わなかった。もっとつまらない女性ならどれほど良かったかと思う。

「でもつまらない女に、夫が引っかかるはずはない」なぜか変な安心をした。


由香は自殺騒ぎから2週間後、事務所の社長と記者会見をした。

「本日はお忙しい仲、記者の皆様にお集まり有難うございます。今日ここで会見いたしますのは、事務所所属の霧島由香が今後しばらくは、女優活動を控えることをご報告いたします。理由については本人からも話させますが、簡単に説明しますと、先ごろ霧島が主役のピアフを演じて疲れ切ったと言うことです。霧島はこの役を代表作にしようと考え、最大の努力をしました。お陰でドラマの評判も良く、視聴率も高かったと聞いております。しかし、この役を演じ切ることで彼女は疲れ切り、暫くの間は他の役を務める気力が失われたと言ってきました。

以前から受けている仕事もあるので、彼女はこれらの仕事はキャンセルしない方針です。まずスポンサー様より半年間のCM出演の依頼を受けており、この仕事は継続します。また二つのドラマ出演のオファーもきておりますが、こちらは彼女が主役でないことから、代役が可能かと思われるので辞退を考えています。」

社長からの説明が終わると由香が心境を話し出した。

「仕事を控えたいと思ったのは、社長の言った通り、私が主役を務めた“愛の賛歌”において、ピアフの役になり切ろうとして力を出し切ったからです。幸いにドラマの視聴率も高く、私にも良い評価を受けました。無事にドラマの主役をやり終えた今、私は力が尽きたと感じました。この機会に仕事を控え、自分を取り戻すことが必要だと思いました。」

「あのう、仕事を控えたいと言われましたが、その理由がピアフを演じたからだと言われましたが、他にも理由があるのではないですか?」突然一人の記者が立ち上がり、質問を始めた。彼は事前に由香が青木ヶ原に車を乗り捨てたことを掴んでいた。どうやら、自殺未遂したのでは疑っていた。それで、由香の話している途中でぶつけてきたのだ。

この突然の質問に由香は慌てなかった。

「私はある男性と深い仲になりました。その男性は芸能会には無関係の一般の人です。したがって、その方の名前を言えませんが、その方には妻子がおられます。私のしていることは不倫です。」ここで由香は一度話を区切った。場内は思わぬ由香の発言に驚き、次に何が飛び出すのか、聞き逃すまいとシーンとなっている。さっきの記者も意地悪な質問を忘れていた。

「私はピアフを演じて、自分が如何に愚かだと言うことを知りました。ピアフはセルダンと恋仲になって、彼に夢中になりました。でも彼女はセルダンの家庭を壊そうとしなかった。彼がどんなに好きでも、彼の家庭を壊そうとしなかったのです。好きだからこそ、彼の幸せを願ったのです。

それに比べ私はその人を独り占めにしようと思っていました。ピアフを演じて、自分の愚かさ、我儘さを実感しました。そして、自責の念に駆られてしまいました。

ピアフを演じた後、私は力が抜け、何をするのも嫌になり、悩み、自己嫌悪になったのです。その精神的に一番参っている時に、その人は温かく励ましてくれたのです。そのことで私は立ち直ることが出来ました。でももうピアフを演じた以前には戻れないと思います。」

「その人は大変大きな方で、大きな船のようです。その大きな船の中心には奥様とお子様がいます。私は船の片隅に居させていただけるだけで満足しています。」

そう言って、彼女は会見を終えた。


彼女の会見は大きな反響を呼んだ。好意と悪意の声が入り混じっていたが、意外と不倫に対しての批判は少なかった。

その前に、女性政治家の“略奪不倫”と呼ばれた離婚劇騒動が会った事や、日本代表にもなったほどの美人アスリートのシングルマザー宣言などもあり、世間は不倫に厳しい目を向けなくなっていた。流石にタレントが「不倫は文化」の発言には非難が相次いだが、時代は不倫にも少しずつ寛容になっていた。

それは由香の人気にも言える。会見から由香の評判は、“不倫をした悪い女”と言うより、“愛に生きる強い女性”と言われるようになる。CMでも彼女を起用する企業は減るどころか、増えるくらいだった。


そして、この会見を見た晶子は「好きになれないけれど、憎めないわ。」と言った。



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