5話 刑事との話
翌朝、勇策は退院する。
医師は高齢を理由に、しばらくこのまま入院して様子を見た方がいいと言ったが、「こんな所にいたら、丈夫な者でも病気になる。」と言って聞かなかった。
実際に左手の傷は処置を終え、他に容態も問題ないことから医者も折れたのだ。
「やはり、家が一番いいな。あんな辛気臭い所なんていられるものじゃない」と満足している。
「お前たちには随分心配かけたな。だが、もう大丈夫だから、普段通りの生活に戻りなさい」と夫婦への労いも忘れてない。
そして、のんびり自宅で寛いでいると、刑事が二人、事情を聞きに来た。
「おくつろぎの所、申し訳ありません。事件について教えていただければと思います」
「いや、儂も食事中に男が突然倒れ込んできて、驚いているうちに、傷を負って、気を失った。あまり詳しくは分からない。大体どうして、あの男は倒れたのか?仲間がいたようだったが、彼らとは関係なかったのか?」
長いこと大物政治家をしていたことから勇策は人から質問されるよりも、質問することに慣れている。今も刑事の質問に答えるよりも、男たちの素性に関心がいく。
「ええ、男は仲間たちと店にやって来て、食事中に給に席を立って、暴れ出しました。その後梶谷さんの所まで来て、倒れて亡くなっています」
「そうか、あの男は死んだのか?」
「はい、救急車が駆けつけた時は、すでに心臓が止まっていました」
「うーん。あの時に既に死んだのか。倒れただけで、命に別状はないように見えたが」
「ええ、それで、おかしな点がありますので、ご質問したいのです」
「まあ、いいだろう。儂もさっき言ったように分からないことだらけだから、答えられるか分からないが」
「早速ですが、倒れた男と梶谷さんとは今まで面識はありましたか?」
「うん、全く見知らぬ奴だった。男が衝立を押し倒して現れるとすぐに倒れた。顔も碌に見なかったが、あの男とは会ったことはないはずだ。仲間と来ていたようだが、彼らは何者なんだ?」
「男は仲間3人と食事中だったのですが、急に苦しみだし先生のテーブルに倒れ込んだようです。この3人は地元の人間ではなく、東京や近郊からやってきました。苦しみだした原因などが全くつかめてないので、先生から男が倒れた時の様子をお伺いしたいのです。」勇策の質問責めに苦笑いしながら、それでも丁寧に答える。そしていつしか先生と呼ぶようにもなっている。
刑事たちは県警から派遣されてきたのだが、勇策については良く知っている。引退してとは言え、中央との繋がりを今も持っており、決して疎かに出来ないと言われていた。
それで、どうしても丁寧な口調になり、質問も受けてしまっていた。
「男が倒れた時に、何か変わった様子はなかったでしょうか?」
「男の襟足から、黒いものが出てきて、儂の方に向かって飛び上がって来た。とっさに持っていたナイフで払いようとしたが、テーブルナイフだから手ごたえはなかった」
「黒いものですか?」刑事は勇策の口から思わぬ証言が飛び出し、メモに力を込める。
「それは、どんなものでしたか?大きさはどれくらいだったですか?」
「ネズミか雀ぐらいの大きさだったが、真っ黒で儂も一度も見たこともないものだった。」
「その黒いものはどんな形をしていましたか?」
「形は何と言っていいか、儂の見たこともないものだった。形もぶよぶよして、風船みたいに何にでも変えられるみたいな感じだったが、さっぱりわからんものだった」
「それはまた、随分不思議な話ですね」疑わし気に刑事は言う。ただ、やはり勇策が相手のこともあり、あからさまに疑いを顔にださない。
「それから、どうされたのですか?」
「その黒いものは、再び飛びかかり、儂の手の甲に張り付いた。儂はそいつを非常に危ないものと感じ、持っていたナイフで突き刺した。今度は手ごたえがあったが、自分の手まで刺してしまい、儂は余りの痛さに気を失った。だから、その後のことは分からない」
「そう言うことなら、黒いものがどうなったか見ておられないんですね?」
「自分自身の手まで傷つけてしまって、その痛みで気を失ってしまった。儂も耄碌したものよ、後のことについては覚えておらん。儂の他に、店の者で見なかったのか?」
「はい、黒いものを見たという話はありませんでした。先生が倒れた後、店員が駆け寄った時にはすでに消えていたことになります」
「うーんおかしな話だな。ところで男の死因は何だったのか?」
「まだ検視の結果が出ていません」刑事は事件に直接関わることは勇策に対しても口を濁した。
「まだ結果が出ない。そんなことがありえるのか。ところで倒れてきた男というのは地元の人間ではないといったな。そんなやつがどうして儂の近くに押しかけて来たんだ。事情を聞かせてくれ」
「男は35歳の隣県に住み、ミステリーハンターとして仲間3人とこの町に来ました」
「ミステリーハンター?何だ、それは」
「テレビ番組の影響で怪奇現象やUFOなどを探す趣味です。一月前に御前山近くで山火事とは違う発光現象があって、原因を見つけ出そうと山中に入り、焼け跡を見附けました。彼らはそれを小さな隕石が地表近くで爆発して、周辺の木を倒したと推測しています」
確かに、隕石が落下したのではという話は勇策も聞いていた。
「平日の、昼間にか?そんなことで金にならんだろう。」
「3人とも定職はなく、普段から怪奇現象を見つける活動をしていると言っています」
「暇を持て余した、親のすねかじりか。いい年をした男がバカなことをしていたもんだ。で、隕石は見つかったのか?」
「彼らは焼けた草地を見つけ、現地を探し当てることが出来ました。しかし、直径3mぐらい草や木が焼けた以外、変わった物は見つけられなかったと言っています」
「おおかた、そんなもんだ。でどうしてあの店にいたんだ」
「午前中、探し回って何も見つからなかったので、目に留まったレストランで食事をしに入ったようです」
「他の連中は、どうなったんだ?」
「男が暴れ出して、他の者はただ茫然としていたようで、倒れた時も直ぐに近づけなかったようです。仲間が倒れたことについて思い当たることはないといってます。店員も3人の客とは離れた場所にいて、当時の状況を話せる者はいません」
その後、2,3の質問をしたが、それ以上の新たな話はなかった。