49話 練習試合2
「落ち着け。このサーブを失っても負けではない。まずサーブを入れろ」自らを落ち着かせようとする。
サーブを打つ前に深呼吸して、何かに見られているような気配がした。ふと、近くの木を見上げると烏が止まっているのに気付いた。
何気ないことだが、烏に見守られているような気がする。
「烏までが俺の情けないサーブを笑うのか」そんなことを思うと、少し気が楽になり、肩から力が抜ける。
そのまま打つと、狙い通りのサーブが決まった。相手はまさかサーブが入るとは思わなかったのか、ラケットを振るのが少し遅れ、球はコート外に転がる。
「よし!これでいい」
次のサーブをする前に梢を見るとまだ烏はいた。そのままサーブを打つとこれも思う所に決まってくれた。
何だかサーブを打つ前に烏を見ると、入る気がする。
そのままの気持ちで思い切りボールを打つと、上手い所にサーブが決まり、ポイントを取り4対2でどうにかものに出来た。
ただ見上げるともう烏はいなかった。
「応援してくれて、有難うな。」烏に感謝するほどの心に余裕が生まれていた。
だが次のゲームは相手の男子がサーブをキープして、3対6でセットを失った。
やはり、相手のサーブゲームを取らないと勝負にならなかったのだ。
それでも「試合はこれからよ」キャサリンが力強く言ってくる。
そう言われると、勇次もやる気になるものだ。
次のセットの前に考える。
サーブはどうにか入るようになったが、問題はボレーだ。勇次がこのままボレーを決めることが出来なければ、相手の有利は変わらない。
「勇次、前のセットで当てられたボールは何度もあったでしょう。絶対、ラケットを出すのよ」
勇次がボレーでミスするのを怖れ、委縮してラケットを出さないことを指摘している。
それを思い返し、勇次はミスを怖れないでボレーのチャンスを狙うことにした。
次のセットも相手側は勇次のボレーが下手なのを見て、変化を付けて勇次を揺さぶる。早いストレートで勇次の脇を抜くかと思えば、クロスに打ってきて横を狙う。また時にはネット際にボールを落とし、あるいは頭上を越えるロブを上げてきた。さらに勇次はフォアよりもバックハンドが弱かった。敵はこれを見逃さない。勇次のバック側を主に攻めてくる。
勇次のラケットに当たったボールは、ネットに引っかかり、あるいはコート外に行ってしまう。完全に勇次は翻弄された。
それでもなんとか、一方的な展開にならずに済んだのはキャサリンのおかげだった。彼女はアマチュア程度のボールなら勇次が脇を抜かれても、難なく走り込み追いつくのだ。
なまじ勇次が手を出してネットに引っ掛けるよりも、彼女だけに任せた方が、チャンスが広がるようにも思える。
それでもキャサリンはミスしても厭な顔もせずに「ドンマイ」と言ってきた。
「まだ。チャンスはあるよ」
勇次にラケットを伸ばす勇気を与えてくれるのだ。
2セット目は互いにサーブをキープし合い、4対3のゲーム数で、相手のサーブとなった。このゲームを取れば有利になる。
「今度は何としてでもボレーを決める」さっきからヘマばかりしている勇次だが、それでもラケットを伸ばしてやろうと決めていた。
実戦ほど良い経験はない。練習では掴めないことが体感できる。
試合が進むにつれ、勇次も相手の動きが少しずつ掴めてきたのだ。
「ストレートを狙っている」それが何となく分かった。バックハンドではあったが、勇次は思い切りラケットを出すと、ボールは相手コートに上手く転がってくれた。
「まぐれか」ちょっとそう思ったが、決まったことに間違いない。
「ナイス。勇次。」キャサリンの声援をくれる。
「次だ」気を変えて、また球を待つと、さっきよりは離れているが、やはり敵はバック側を攻めてきた。これもラケットに当てることができ、ボールはまた相手コートに転がる。なんかコツが掴めたような気がする。
相手もこれで、まぐれとは思わなくなったようだ。
次はストレートでなくクロスに打ってきた。勇次は体を投げ出すようにして、思い切りラケットを伸ばすとこれも上手く、球に当たり相手コートに転がった。
「よし!決まった。」これで初めて相手のサーブゲームを破ったのだ。
その後のこちらのサーブゲームも取り、セット数を1対1にする。
「その調子よ。」キャサリンが短く声をかけてくれる。
そう言われると、なんか次もやれそうな気がしてくるもの。自信と言う奴が出てきて、ラケットを伸ばす勇気が湧く。
キャサリンと言う実力者がいる以上、勇次が少しでもポイントを稼ぐだけで試合は有利に進む。
勇次が前でボレーを決められるようになると、勇次の後ろの守備はずいぶん楽になる。
その分キャサリンの負担は楽になり、強烈なストロークがますます威力を発揮して来る。
相手側は次第に防戦的になり、コートの後ろで構えることになり、それだけ返球の速度が落ちる。
勇次にとってはボレーがより決まりやすくなった。
3セット目はほぼ一方的な展開となり6対2で取り、セットカウント2対1で勝利できた。