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私の中の怪物  作者: 寿和丸
3部 医者になる
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48話 練習試合1

大学には正式なテニスクラブはテニス部があり、全ての学部にまたがって入部できる。これに対し同好会は、理学部、政経学部、文学部など学部ごとに存在し5個ほどあるし、横とのつながりが薄い。ただ学生数の多い学部では単独で維持できるのだが、勇次の所属する医学部は学生数が少ないことから理学部に加えてもらっている形だ。

部員数もテニス部が100人を越えているのに対し、同好会は20人も満たない。入学したての頃、勇次目当てに女子学生が殺到したのは異例であり、今になると勇次のいる同好会も20人弱に落ち着いている。

練習試合は秋のスポーツシーズンに学園祭などのイベントの一環として、日頃交流の少ない学部間のテニス部や同好会が親善を兼ねて行われるものだ。

「今回は混合ダブルスにはテニス部から2チーム、うちと他所の同好会から1チームずつ参加して、計4つだけ。試合はトーナメントだから、1回勝てば準優勝、2回勝てば優勝よ。どう、2回勝つだけで優勝できるの。チャンスでしょう?」上級生の沢井が悪戯ぽく説明する。彼女の予想では、同好会の中で、テニス部に勝てるチャンスがあるとしたら、勇次とキャサリンのコンビだけと見ていた。事実、この数年、同好会から勝者は一度も出ていない。

「テニス部の人たちは、子供の時にはテニスのプロを夢見た人たち。最低でも地区大会で好成績を残している。それに比べ、同好会はただのテニス好きが集まっただけ。最初から勝てるはずなどないの」

ただ、それでも同好会側がテニス部と試合を行うのは、負けても試合をするのが楽しいからだ。同好会と言うだけで他の大学との正式な試合は参加できない。外部との試合は限られているので、勝敗に関わらず負ける悔しさよりもテニスを楽しめたことに満足する。それだから同好会と言えるのだろう。

沢井が勇次のコンビに期待するのは、キャサリンがいるからだ。

「アメリカのテニス界で揉まれただけに、大学のレベルを越えている。キャサリンならテニス部に勝つのは可能だわ」沢井はキャサリンに個人戦への出場を勧めたが、断られている。

彼女が個人戦に出場するなら圧倒的に勝ち進むだろうが、「このような大会で勝てても面白くありません。勇次を鍛え上げて優勝した方が面白いでしょう」とキャサリンは言って辞退したのだ。

仮にも本場アメリカでプロを目指した実力者が、日本の素人の大会に出場するのは自尊心が許さなかったのかもしれない。キャサリンは混合ダブルスで、勇次というハンデを自らに課して出場を決めたようだ。

「梶谷君が足を引っ張らなければ、あのコンビは何とか行けるんじゃないかしら」沢井は思っている。

と言っても、実力的にはテニス部が圧倒しており、同好会勢が勝つのは稀なことだ。

「ラッキーね。対戦相手はセカンドチームよ」組み合わせが決まると沢井は更に喜んだ。

初戦の相手はテニス部のセカンドチームだ。テニス部であるからには実力は上と見るしかないが、いきなりトップのコンビとぶつかるより楽と言えた。


試合は3セットマッチ、2セット取れば勝ちだ。

勇次たちのコンビの陣形は雁行陣で、キャサリンが後衛でストローク戦を受け持ち、勇次が前衛でボレーを狙う戦い方だ。

急造のコンビでは勇次が弱点になる。それをある程度補えるのが雁行陣だ。上手なキャサリンが後ろで広範囲をカバーし、勇次が少しでも彼女の負担を減らすようにチャンスがあればネット近くでボレーを狙う体制だ。だが、上手い相手だと、勇次の脇が狙われてしまい、その分、キャサリンの負担が増えることになる。勝敗のポイントは如何に勇次が、脇を抜かれずに、ボレーを決められるかにかかっている。

もう一つの気がかりは勇次のサーブだった。

「勇次、サーブはダブルフォールトなど気にしないで、全力で打ち込みなさい」と試合前にキャサリンからアドバイスを受けている。

「でもそれだと、まずサーブが入らないよ」

試合経験のない勇次は、サーブ練習をあまりしたことがないので、相手コートに入れられる確率は5割以下だった。

「確実にサーブを入れようとして、力を抜いたなら、相手のリターンの餌食よ。一発で仕留められるわ。どうせリターンされるなら、思い切ってサーブをした方がポイントとれるチャンスが増える」

やはりキャサリンは、一度はプロを目指したことから勝つことにこだわる。少しでもポイントを上げられる可能性が高い方を選ぶ。その忠告に勇次も従うことにした。


そしていざ対戦するとやはり相手チームは上手い。相手の男女とも力量に遜色ないのか並行陣で、男女とも欠点が少ないと見て取れる。

相手サービスから試合が始まる。相手の男子はサーブが得意のようでキャサリンもリターンエースができない。決して緩い返球ではなかったが、相手の女性は勇次の脇が甘いと見て取り、ストレートに撃ち返してきた。

これを勇次が何とかボレーを決めようとしてボールに当てたのだが、球はネットに引っかかってしまう。

相手はキャサリンが実力者だと見抜いて、勇次を狙ってきた。

「ドンマイ」キャサリンが声を掛けてくれたが、勇次は自分のミスがショックだ。

そうなると、委縮してラケットを伸ばせなくなってしまう。またリターンも上手く出来なかった。こうしてあっさりと1ゲーム先行される。

2ゲーム目はキャサリンがサーブをキープし、3ゲーム目は相手がキープする。

次は問題の勇次のサーブだが、全然決まらない。第一サーブが入らないし、セカンドサーブも少し甘くてリターンがされてしまう。結局4ゲーム目は失った。

その後も同様の展開で、キャサリンのサーブゲームのみキープできたが、相手のサーブゲームは奪えず、2対5のゲームカウントで勇次のサーブゲームとなった。

ここで勇次のサーブが決まらなければ、セットを失うことになる。まだ負けたわけではないが追い込まれた状態になった。



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