42話 保養センター
「アメリカの会社などは僕と同じレベルのプログラマーが100人以上抱えていると考えた方がいい。いずれ、日本だけで商売していたのでは頭打ちになって、世界に進出しなければならないが、今の規模ではどうにもならない。僕が少しぐらい頑張って、新しいことをやりだしても、すぐに大きな会社は、僕とよく似た企画で、もっと洗練して、もっとお金をかけて製品を売り出す。これは今までも経験してきたことで、営業力、販売網などで僕の作ったゲームが売れなくなった。今の良く売れているゲームもやがて他所で真似されるだろう。だから次の製品を考えておかなければならないのだが、僕もアイデアを思いついてはいない。果たして、良いアイデアが浮かぶか正直分からない。
このままあと5年、今の会社が生き残っていられるのか疑問だ」
勇次の言葉に二人は息を呑んだ。今の業績が良いだけに二人とも過信していた。勇次に危機意識を示されると確かに自信が揺らぐ。
「この業界は新しいので、次々と新しい製品が生まれていく。それだけにうまく時流に乗れば会社を急拡大できるかもしれない。しかし、浮き沈みも激しい。この業界で5年も存続しているのは1割にも満たない。この会社がその一割にはいれるのか、運しだいだと思う。僕の個人商店ではいずれ潰れると見た方がいい」
「それなら、もっと人を増やせていけばいいのではないか?」
「それには、資本がいる。世界を見渡すと日本の企業は規模が小さい。今度売り渡す相手だって、世界に出れば弱小だ。規模で圧倒されるだろう。
いつも目新しい企画を続けていかないと、他所に呑み込まれる。僕のアイデアが底をついたら、内の会社は新しいものを出せなくなる」
「そうですね。ネット業界の動きは急速です。我々では追い付けないのかもしれませんね」
「二人だけに前もって、話したのは、僕が次にやろうとしていることに協力して欲しいからだ。」二人も勇次の考えを受け入れた。
だが、当然、売却の話は社員から驚かれる。
「そんな、急な話が出るなんて信じられない」「社長、説明してください」社内の動揺は広がった。
「田村さんは、凄腕の経営者だ。その人に会社を任せた方が、会社をもっと大きくしてくれると思う」
「だからと言って、突然そんなことを言われても納得できません」それが多くの社員の気持ちだった。
「会社は売却されるが、社員の地位や報酬は変わらない」「オーナーが変わり、新会社の名前も変わるが、同じ社内体制は引き継がれる」
そう言って、なんとか社員の動揺を押さえ、納得させた。
主な幹部の開発部長、営業部長、開発部長はそのまま新会社に移り、そして勇次と伸二、中村の三人は会社から離れた。
伸二と、中村には新しい事業について説明している。
「それで二人には僕と一緒に新しい事業をやって欲しいんだ」
「勇次は何をしようと考えているの?」
「僕は医療分野に出ようと思っている」
「医療分野なんて、勇次はこれまで全く関係してこなかったじゃないか」
「売春婦は人類史上もっとも古い商売と言われているが、医者と言う職業も古くからあると思う」
「それはそうです」
「それだけ、何時の時代も医師は必要とされている。そして今も同じだ。日本では医者は国によって管理され、勝手に医者になることはできないが、それだけ国から守られている。
規制は多いが、それだけ守られていて、安定した職業と思っている。僕は今回の資金を使って、医療業界に進出しようと思う」
勇次は伸二、中村と一緒に東京から高速を使えば車で1時間ぐらいの山間地に来てもらった。
目の前には標高300から500に及ぶ丘陵地帯があって、昔はここに延々と段々畑が広がっていたという。今はその多くに杉が植えられ、あるいは放棄され藪となり、どこが屋敷、田んぼ、畑か分からなっている。そして背景に聳える千メートルを超す山との境目も分からない状態だ。
ここは勇策が晩年を過ごし、今は染谷代議士の選挙地盤にもなっている。
ただ、全国的な高齢化人口減少もあり、この町も人口減少に悩まされている。東京と余り離れてなく、ぎりぎりの通勤圏でもあって、他所に比べ極端な過疎にはならないでいるが、いずれ人口が半減すると言われている。更に、山あいの集落は不便なこともあり、若者はもっと便利な、町の中心地や駅近くに超すようになっていて、山間地の家は後継ぎがいなくなっている。
勇次が見渡している地区も同じだった。かつては100戸を超す集落であったが、今は空き家が目立ち、1割も人が住んでいない状況だ。しかも人の居る家も、殆どが70を超した者ばかりで、後、10年も経てば誰も人がいなくなると心配されていた。
「ここに、保養センターを作ろうと思う」
「勇次は前からこんなことを考えていたのか?」
「前にうちのゲームとそっくりの物を作られ、特許侵害と訴えてもゲームシステムについては規制されないと言うことで、認められなかった。大手の販売力に負けて、内のものは売れなくなった。だから、真似されない物はないか、真似されても構はないものはないかと考えたんだ。それには国からの規制があって、競争が起こらない業種、医療業界が一番だと思った。
そして、染谷さんから、ここを紹介されていたんだ。その時はまだ資金がなくて、断念していたが、今は100憶がある。これを使えば、乗り込めると思った」
「医療業界は規制が多く、宣伝広告さえもできないようになっている。ただ、介護業界はまだ新しく、システム次第では大きな地盤が作れると考えた。ここに保養センターを作り、老後でも安心して暮らせるような環境を作れば、社会に受け入れられると考えた。
また、過疎に悩む地域にも貢献できる」
中村も伸二も勇次の壮大なプランに感心した。