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私の中の怪物  作者: 寿和丸
一部 怪物との出会い 
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4話 病院にて

勇策はすぐに市立病院に搬送された。

「傷は大きくないのですが、出血のショックで気を失われたと思います」医師の診断は深刻なものではない。

「ただ、ご高齢ですし、念のために一晩入院していただきましょう」

そう言われて、運転手の佐藤はそのまま病院に残ることにした。

だが勇策は翌朝になっても目覚めなかった。

心配になって聞くと「他に問題のあるところはないので、いずれお目覚めになるでしょう」と医者は軽く答えるだけだ。

朝方からは安否を気遣い、妻の幸恵もやって来た。

「二人いても仕方ないから、俺は一旦戻るけれど、何かあったら知らせてくれ」

屋敷を空けておくわけにもいかず、夫の松男だけが戻ることにした。

そして昼過ぎても、勇策は目覚めない。

幸恵の不安は増すばかりとなる。

「このままお目覚めにならなかったらどうしよう。」心配で食事をとる気もしない。


夕方近くになると、再び松男がやって来た。

「旦那様の容態はどうだ?」

「それが、・・・」妻は心配そうにベッドに目をやるだけだ。

「あまり根を詰めない方がいい。お前も家事のやり残したことがあるだろう。今度はお前が戻った方がいい」

「そうですね。でも」と言いかけた時、勇策の口元が動きかけた。

「ふう」と言う声と共に勇策は目覚めた。

「旦那様!」思わず二人とも声が出る。

「おお、幸恵か、松男もいるか」ゆっくりとあたりを見回し、二人と目が合う。

「旦那様。お身体はどうですか」

「別になんともない。ここは病院だな。店で食事をして居たまでは覚えているが、あれからどうなった?」

「店でお怪我をされて、倒れていました。すぐに市立病院に運ばれました」

「そうか、あの時怪我をしたのだったな。随分寝ていたようだが、どれだけ時間たった?」

「ここに入院したのが、昨日の2時です。今は5時前です」

「丸1日か。随分寝ていたものだな。あの程度の傷で、気を失うとは情けない。戦争ではもっと大怪我をしても、意識を保っていられた。儂も衰えたものよ。

お前たちにも心配を掛けさせたな。」

勇策は誰に対しても、気遣いを忘れない。例え、下の者に対しても、置かれた状況や事情を考え、無理なことを言わないし、時に労いや感謝を言ってくれる。

それだけ佐藤夫婦にとり勇策は仕えがいのある主人だった。


二人が仕えるようになった頃には勇策は既に有力政治家となっていた。

当然、屋敷には多くの政治家や経済人、支持者などが訪れる。

直接二人が要人、客人と接するようなことはないが、お客様に不愉快な思いをさせてはいけないと、塵一つ落ちてないように心掛けていた。

「俺が口やかましく言わなくても、お前たちはちゃんとしている」それを勇策は評価してくれた。

使用人として、これほど嬉しいことはない。待遇も悪くなかったし、何より勇策の傍でいるのは働きがいのあることだった。

主人が日本の政治を背負っていることは二人の誇りだった。

「このままずっと、旦那様にお仕えしたい」中年になる頃には、夫婦してそのような気持ちになっていた。

そして勇策が引退し、田舎に引っ込んでも二人はそのままついてきた。


「ここは病院だし、儂も正気に返ったから、もう大丈夫だ。家に帰って休んでくれ」

勇策から労われ、帰っていいと言われても二人はすぐに帰ろうとしない。あれこれ勇策の身の回り品を確かようとする。

「そんなことは、いいからお前たちも休め」

逆らうことはできず、「それでは旦那様、何かあったら呼んでください」帰っていくしかなかった。


「全くだらしないものだな。あの程度の怪我で気を失うなんて」一人になった勇策は昔を思い出している。

戦時中、護送船を指揮して遠洋海路を廻っていた。

物資補給のため、本土に戻ろうとしていた時、アメリカ空軍機に見つかり、機銃攻撃にさらされたことがあった。

船の艦砲や機銃は飛行機には全く通じない。素早く動き回る飛行機に一発の弾丸さえ当てることもできないまま、一方的に銃撃を受けてしまう。

船は穴だけにされ、そして勇策自身も傷を負った。

「艦長、お怪我されています。奥に入ってください」

「このくらいの怪我で、引っ込んでいたら皆に笑われる。お前たちが弛まないか俺はここで指揮を執る」

(ここで、俺が怯んだら、船はどうなる)そう思うと勇策は奥などに引っ込んでいられなかった。

そんな効果なのか、部下も懸命になって働いてくれ、なんとか本土に辿り着くことができたのだ。

しかし、傷は軽いものでなかった。

弾が甲板を貫通し何度も跳ね返った後だったため、直撃を受けたのではない。そのため命に係わるほどではなかったが、背中をぱっくりと抉られていた。

病院に運び込まれたが、よくこんな傷を受けたのに正気でいられたと驚かれるほどだ。

直ぐに手術をして、銃弾は取り除かれたが、その時の傷は今も勇策の背中にこぶし大の窪みとして残っている。


病院でそのまま終戦の日を迎えた。

「日本が負けたのは、俺達軍人が判断を間違え、だらしなかったからだ。2度と日本を誤った道に戻してはいけない」

そう決心した勇策は、政治家を目指した。

数多くの政局に巻き込まれたが、ほぼ生涯通じ実力を発揮できたのは、この信念が強かったからでもある。

やがて、息子に後を譲り、今は佐藤夫婦だけを身近に置いて余生を楽しんでいる。

そんな勇作にとって、今度の怪我程度で意識を失ったことは恥であった。

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