34話 妊娠
それから、その年は平穏に過ぎていった。
年末は晶子の故郷に帰り、ゆっくりと釣りなどを楽しみ、明けて正月には二人で近くの神社に初詣に出かけた。
もうすっかり、勇次は晶子の家で家族同様に迎えられていた。
その後は、東京でいつもの生活に戻った。
浴槽で二人は向き合って座って、「くすぐったいわ」と晶子が明るく言うと、「でも、綺麗だから触りたくなるよ」そう言いながら晶子の整った乳房を放そうとしない。
そんな生活がまた始まっている。
「今日は付けないの」ベッドでほてった体を横たえながら聞いてくる。
勇次は晶子とセックスをするときはコンドームを付けていた。初めての時は用意できなかったが、晶子の妊娠を怖れて、それ以後は付けるようになっていた。
独身のまま身重になれば、晶子が何を言われるか心配したからだ。
ただ、今夜の勇次は雰囲気が違う。
「これからは付けないつもりだ。僕はあと半年で18になり、君と正式に結婚できる。そうなれば生まれてくる子供は僕らの子供として誰からも認められる」
その言葉に晶子ははっとする。
学校では晶子が勇次と同棲をしていることが問題になっていた。
口やかましい父兄からは「教師が元の教え子と同棲生活をしているなんて乱れている」と苦情が入っていた。
その都度「教師の私生活については立ち入りできません」と学校側は答えているが、やはり、上司や同僚から歓迎されることではない。
直接、辞任を迫れないが、できれば学校を辞めてもらいたいのが顔に出ていた。
晶子は子供のころからの夢でもあった教師を続けていたかった。そのくらいのことで、学校を辞める考えはなかったが、心を痛めていたのは事実だ。
勇次は彼女の気持ちを尊重し、「君の考えで進退をかんがえればいい。僕は君の考えを支持する」と言ってくれている。
だが、もし妊娠すれば、教師を一時でも休まなければならなくなる。
今、晶子は勇次の妻として家庭に入るか、教師を続けていくかの選択を迫られていた。そして、勇次は子供が産まれるのを強く願っている。
「ええ、分かった。いいわ」彼女はその願いを受け入れることにした。
「そうだ。早く子作りをしろ」それがコーツのいつもの主張だ。
コーツはいつも「コンドームをしたまま、交尾するなんて無駄なことだ」と言っていたくらいだ。
「今は他の人間にまだ乗り移れる能力を持っていないが、一人でも多くの宿主を身近にいるほうが安全」との考えを持っていた。
「線路に落とされるようなことが今後も起こるかもしれない。できるだけ早く、勇次の子供を作れ」いつも言っている。
そんな彼だったが「俺はまだ、1000年も生きていないんだ。こんな短い人生で終わりたくない」そんなことを口にした。
「コーツは100万年でも生きられると口癖のように言っているではないか。お前がたったの1000年しか生きてないのは初耳だぞ」思わず突っ込む。
「俺は地球に来るまでの間、ほとんど休眠状態だったんだ。本当に活動しているのは地球に来てからなんだ。俺は100万年生きられるのに、まだほとんど活動してない。このまま寝ていただけの人生で終わりたくない」
「それにな、俺には晶子の体調が良く分かる。今、晶子は排卵日を迎えようとしている。妊娠しやすい。だからきっと妊娠するぞ」
「お前、そんなことまで分かるようになったのか?」
「俺は、人間の体を良く研究したんだ。そして人体に忍び込むことを続けて、そこらの医者よりも人間の体の仕組みは知っているぞ」
「随分と大きく出たな」
「当り前だ。人間の医者に体内に起こっている現象を観ることはできないが、俺はつぶさに観察できるんだ。その上で、言うのだが俺はお前と共存することで、俺の影響力を将来に残したいんだ。
ユージはジンギスカンが人類史上、一番多くの子孫を残したと言われているのを知っているか?」
「イギリスの学者がアジアの各人種のDNAを調べて、言い出したことだろう。ジンギスカンが活動した地域では、Y染色体(男性の染色体)に特徴的な成分が多く見られたことから、ジンギスカンの子孫が繁栄し、アジアにその子孫を多く残した結果だと言う説だな。ジンギスカンはアジアに大勢の子孫を残した一方、日本や中国南部では活躍しなかった。それで、日本や中国南部には特徴的な遺伝子が見つからなかった。だからアジアの特徴的な遺伝子はジンギスカンの由来だと言う説だ。それでなくてもモンゴルなどではジンギスカンは神格化され、カザフスタンなどではジンギスカンの子孫と名乗る者も多くいる。だからジンギスカンの子孫がアジアに多くいて、特徴的な遺伝子が残ったとこの考えを受け入れる者もいる。ただ、この説には反論も多くあるぞ」
「この学説が正しいかどうかは別にして、チンギスカンのような英雄が、多くの子孫を残し後世に影響を与えたのは事実だ。俺はユージに英雄になって、お前の子孫を多く残してもらいたい。そうなれば、俺の夢も叶うんだ。お前の子孫を介して、俺は末永く生きていける」
「期待するのは勝手だが、チンギスカンほどの英雄は人類史上稀なケースだ。あんな人物と比べられても困る」
そんなやり取りをしていた。