3話 レストランの事件
「猿橋さん、今日は無駄骨を折らして申し訳ない」
「いや、君の調査に間違いないよ。あそこに何かが落下したのは間違いなかった。ただ、落下物が小さくて、地面近くで爆発し、木々を燃やしてが他に何の痕跡もなかったと言うことだろう」
「そう言うことでしょうね。多分、地面近くで隕石は空中爆発して、周りの木を焼き払ったのでしょうが、あまりに小さくて地面に到達できなかった。もう少し隕石が大きければ地面に穴ができていたはずです」
三人は席に着くなり、今日の行動を検討し始めた。
ただ、彼らの話声は大きく、少し席が離れている勇策の耳にも聞こえてくる。
「もう少し、静かにしゃべれんもんか」勇策は少し気分を損ねた。
「若い者は無作法で困る」
貸し切りでないないのだから文句は言えないが、昼下がりのこの時間になると、食事客はぐっと減る。
それを見込んで来たのに、うるさい者達がいては台無しだ。
少し前まで権力を欲しいままにしてきた彼にとり、こんなことでも許されない気持ちにもなる。
それでも、大分丸くはなっている。20年も前なら、周りのものを使って、騒ぐ者達を必ず鎮めさせたものだ。
「あの当時は儂の回りには腕っぷしの強い者がいくらでもいた。あいつらなら、儂が何か言う前に、騒ぎの張本人をつまみ出したな」
なんか、昔を思い出して、苦笑いがでる。
「いつまでも、昔のようにいかんな。まあ、若い奴らだからしょうがないのか」と思うまでにはなっている。
とこらが、我慢していた勇策に、限界を超えることが起きる。
突然、仕切りの向こうから叫び声が上がった。
「うわー!」「犬塚さん、どうした」「く、苦しい」口々に叫び出したのだ。
(ええい、やかましい、人が食事を楽しんでいると言うのに、もめごととは何かというか。店の者が動かなければ、自分が行って黙らせてやる。少しはマナーを教えてやるべきだ)
それでも、店も直ぐに対応する。
「お客様、どうしました。お静かにお願いします」店員が駆け寄って、なだめようとした。
ところがそんなことで騒ぎは収まらない。勇策の所から見えなかったのだが、一人の男が席を立ちあがり、急に喚きだした。
「駄目だ。駄目だ。お前なんかでていけ!」何かわけのわからないことを言い始めている。
そして、抑えようとする仲間や店の者を払いのけた。
ガタンと椅子を倒され、「ギャー」という絶叫が店内に響き渡る。
犬塚と呼ばれた男は仁王立ちとなり、眼は赤く吊り上がり、両腕を振り回した。
その力は思いの外強く、椅子やテーブルが投げ飛ばされていく。
それに周囲の者は唖然として、恐怖を感じたのか後ずさるしかない。
犬塚はこれと言った目的もなく、あたりかまわず手あたり次第ものを投げつけていく。
やがて、周囲に何もなくなると、勇策の席と彼を隔てる衝立に目が向いた。
ふらふらしながら、勇作の居る衝立を押し飛ばすように倒してしまった。
投げ捨てられた衝立は勇策のすぐ近くまで飛んできた。思わず椅子から立ち上がり、いきなり現れた男をキッとにらみつけた。
男の目は明らかに常軌を逸している。
「こいつは狂っている」勇策は手近にあるナイフを固く握りしめ男と対峙した。
軍人魂を思いだして、「ヤラレル前にヤル」とすでに戦う姿勢になっている。
そう思っていたら、男の足取りがおかしい。ふらふらと一歩踏み出そうとして、衝立に足を取られ、うつぶせに倒れ込んでしまった。
それでも油断なく身構えたままでいると、男の襟足から、黒い塊が出てきた。
ネズミぐらいの大きさだが、手足もなく、球体のような塊だ。
(これは、やばい。危険な奴だ)本能が危険を知らせる。何であるか分からないが、危ないものと感じた。
何度も戦争で、身の危険にさらされた経験から、すでに身構えていた。
黒はゆっくりと近づいてきて、急にジャンプして勇策に飛びかかってきた。それをナイフで振り払う。
黒を、床に切り捨てた。だが、ナイフの切れ味が悪く、ダメージを与えられない。
そいつは再び、飛びかかって来た。振り払ったが、今度は躱された。
左手に飛びつかれてしまう。
(こいつは危険だ)とっさに、ナイフを突き刺した。
ぶよぶよとして実態のないような黒物体。その中の固いものに当たったのか、「グチ!」と確かな手ごたえがある。
ただそれと同時に左手に痛みを感じる。
力を込めて突き刺したので、黒を貫いた勢いで、左の手の甲までナイフが達していた。
ナイフは骨に当たって、左手に刺さっている。
「うーむ」激痛を感じながら、抜くと傷口からぽたぽたと血が噴き出してくる。
それでも黒物体は、手に張り付いたままだ。
(こいつは何だ?)よく見ようとして、左手を顔に近づけると、黒は縮まりだした。
あきらかに黒は傷口にから侵入しようとしている。
払いのけようとしたが、ナイフにはなんの感触もない。
「ぐあー!」激痛が全身に走った。
ナイフを突き刺した時は呻き声さえ出さなかった彼も、余りの激痛に声が漏れてしまう。
手を振って払いのけようとしたが、黒物体は傷口から侵入を止めない。
全身を走る激痛。必死に耐えようとしたが、遂に気を失っていた。
その騒ぎは店の外にも伝わった。のんびりとタバコを吸っていた佐藤もすぐ気づく。
慌てて、店内に駆け込み、客や店員を押しのけるようにして覗き込んだ佐藤の目に倒れた主人の姿が目に入る。
「旦那様!」悲鳴が店内に響いた。