29話 コードネーム“ゴースト”
「ユージ。どうやらやばいことになった」いつになくコーツが落ち込んでいた。
「お前が、調子にのってペンタゴンなんかに忍び込んだからだろう」
「まあ、そうだ。セキュリティが厳重だと言われれば、それを破りたくなるもんだ。まさかアメリカと日本の政府がハッカー探しにここまで血眼になるとは思って見なかった」
「そうだ、今度はやり過ぎだった。おかげで、アメリカを怒らしてしまい日本政府も本腰になって、犯人逮捕に乗り出してきた。当面は大人しくして、外国へのネットには関わらないでいろ」
「ああ、そうする」
「分かればいいが、コーツ、あの家との関係は探られてないだろうな。おじいさんとは顔馴染みだったんだ。コーツの所為でおじいさんに余計な心配事になっては困る」
「それは大丈夫だ。あの家を選んだのも無人だったからで、誰にも疑いがかからないと思ったからだ。どんなに勘ぐっても爺さんをハッカーに見立てはしない」
「それならいいが、コーツの姿は見られなかっただろうな」
「分身にパソコン操作させていたら急に踏み込んできて、俺も驚いてしまった。だが、あの家から分身をすぐに回収したから、まず見つかったはずはない。」
「でも日本の警察は侮れないぞ。こっちに捜査が及んでくることもありえる。一応対策はしておこう」
一方の無人の家に乗り込んでしまった公安室は壁にぶち当たっていた。
「室長。押収したパソコンには確かに、スライマン諸島との通信記録があり、その線からアメリカ国防省に繋がったのは確かです」
「だが、捜査に入る、ほんの少し前にハッカーはパソコン操作していたはずなのに、取り逃がしてしまった。問題はどうやって、あの家のパソコンから発信されたと言うことだ。誰もいなかった家から、パソコンが立ち上がり、ネットと繋がったと言うのか!あのパソコンが外部から操作されたということはないか」
「外部から操作されたのにしても、パソコンには外部の指令で動くアプリがあるはずです。ですが押収したノートパソコンからは、通常のアプリしかありません。それどころかフリーソフトさえ、一つもありません。外部から操作されたとはとても思えません」
捜査は完全に行き詰まった。
パソコンを押収して3日目に、遂に室長が結論を出す。
「こうなったら、老人と接触があり、ハッカーをした経験や、ネットに詳しいものがいないか洗い出せ。あの家から近所のパソコンマニアを徹底的に調べろ」
その結果、勇次が浮かび上がった。
「梶谷勇次は小学生の頃から、パソコンに親しみ、ネットを始めている。パソコン教室も始めていて、老人とはパソコンの設定を頼まれて、見てやっていたらしい。あのパソコンに何か仕掛けをしていた可能性はある。まず梶谷勇次を探れ」
「室長、梶谷勇次がハッカーの可能性はありますが、彼は梶谷勇策の息子ですよ」
その言葉に室長も苦虫を噛むことになる。
「それだよ、一番厄介なことだ。あんな大物の息子に、下手なことをしたらこっちがやばいことになる。とりあえず、梶谷勇次は放っておいて、他に怪しい奴がいないか探して見ろ」
ここにきて梶谷勇策という政治家の存在が捜査チームに重くのしかかっていた。もう、過去の人とはいえ、戦後日本を立て直したと言われる政治家であり、今も彼の薫陶を受けた国会議員が多くいる。その息子を、何の確かな証拠もなしに、捜査することなぞ無理だった。勇次が怪しいハッカーリストに加えられながらも、任意同行や立ち入り調査は控えられることとなった。
これに対しアメリカ国防省は日本からハッカーを取り逃がしたという情報に、苛立ちさえ持ち始めた。
「何、誰もいない家のパソコンが立ち上がって、勝手にペンタゴンに忍び込んできたと言うのか。そんな“ゴースト”のような話を信じられるか」
「これだけこっちからも、ペンタゴンでのハッカー情報を出したのに、日本政府は何をやっているんだ」
「“ゴースト”か何か分からんが、怪しいと思われる人物が浮かんでいるのに、手出ししようともしない。このままゴーストを放置していたら、アメリカの国防情報は筒抜けになってしまう。そうなってしまえば我が国の防衛システムは破壊されてしまう」
これ以降、この事件は“ゴースト”というコード名だけで呼ばれるようになる。
そして、日本にいるエージェントには新たな指令が下される。
「“ゴースト”を早く始末してしまえ」
そのエージェント達は動きだそうとしていた。彼らは逐一、日本の捜査状況に接し、ある種の危機感を抱くようにもなっていた。
「日本の捜査のやり方は生温い。あれでは犯人をみすみす取り逃がすだけだ」
「だが、日本の法律では、捜査権が限られていますし、出来る捜査は限られている」
「それにしたって、一番怪しい奴を、とっ捕まえないないなんておかしすぎる。このままでは我が国の国防情報は丸裸になるではないか。日米安保と言っても日本がアメリカにやってくれることはこれしかないのか」
「そうだが、我々にはどうすることも出来ないぞ」
「だからだよ。日本人が日本の法律に締まられ、やれることが限られているなら、我々がやればいいだろう」
「お前、まさか・・・」