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私の中の怪物  作者: 寿和丸
2部 少年から大人へ
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26話 退学

「そう言うことか。アトムのようなロボットが生まれたなら素晴らしいだろうね」

「ただ、コンピューターの世界が進むにつれ、色々なプログラミング言語が登場しました。何十種類もあると思います。私もいくつあるのかさえ、知りません。そしてどれが良いプログラムか開発者同士で主張し合うこともあります。

さっき、伸二君と話していたのは、いくつもあるプログラム言語でどれが良いかと言うことでした」

「うん。うん。よーやっと意味が呑みこめたよ。素人にも説明できるようになって、始めて物事の本質を理解できたとも言われる。やっぱり、勇次君は子供の時からパソコンをしていただけに、良く知っているな。ところで、プログラムを習うならやはり学校に行かないとだめなのか?」

「僕はほとんど独学でプログラムを覚えましたが、今からやるのなら、学校に行った方が、確かですし、早く覚えられると思います。」

これに父親も納得したようだ。

そして、いつの間にか勇次は晶子の一家とため口で話すようにもなっていた。


それからも雑談が続き、夕食を頂いた後、勇次は帰途に就く。

「今度、来た時は釣りを教えてあげる」帰りがけに父親はすっかり勇次が気に入って、そんなことを言い出した。

釣りは父親の唯一の趣味だった。しかし家族のだれも釣りに関心を示さない。

母親も結婚したての頃は、「魚が安く手に入る」と喜んでいたのだが、今では「こんなにたくさんの魚をどうやってさばくのよ」と迷惑がられてもいる。

子供たちは「早起きして釣りに出かけるなんて、いや」といって、誰一人一緒について行こうとしなかった。

そこで新しくできた息子に釣りの話を持ち出したら、「僕は釣りをしたことがないのですが、是非、連れて行ってください」とまんざら外交辞令ではない返事が返って来る。

「そうか、そうか。吊り具を用意して待っているよ。」

「はい、お願いします」そういって晶子の家を離れた。


◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇

その後、晶子が故郷から4日程遅れて帰ると、勇次が思いがけないことを言い出した。

「もう高校に行く必要はないと思うから、退学するよ」

「え、でも」晶子は言いよどんだ。

彼女はすでに勇次を大学に進学させるのは諦めていた。「大学に行っても、為になることはない。少なくても、学校で今僕がやっているほどのソフト開発を出来る人はいないじゃないかな。いるとしても、民間会社にしかいないだろうし、そんな人が大学の講師になって高度な専門技術を教えてくれるとは思えない。大学に行くのは時間の無駄だと思っている。」

夫になる人がそう考えるなら、それでよいと思った。でも高校ぐらいは卒業して欲しいとは思っている。

「退学したら、学校に行っても勇次と会えなくなるじゃない」真っ向から反対しても、効果ないと見て、そんな甘えたことを言った。

それを聞いて、勇次は微笑んだ。

「僕となら、何時でもこうして会っているじゃないか。ほら」勇次の腕が伸びて、晶子は簡単に引き寄せられた。

「僕は、中学の時にもう、大学を受験できる資格を持った。だから、18になれば、進学しようと思えば、試験を受けることも出来るんだ」

「え!そうだったの」

それは教師として、進路相談に応じていた時も聞いてなかった。大学に行ける資格があるなら、確かに高校を卒業する理由が一つ減る。

「中学卒業のときも、高校に行くか悩んだんだ。普通の高校生のもうすでに学力はあるはずだし、大学卒の資格が必要ならいつでも入学できる。それなら高校に行かなくてもいいのではないかとね」

「それで?」

「でも、母から高校に行かなくても構わないけれど、行かない替わりにもっと充実したことをやれるのと言われたんだ。僕は、その時答えられなかった。高校に行かないで、他にもっと良いことをやれる自信がなかった。多分パソコンにのめり込んでいただけで終わっただろう。

高校に行くのは別に勉強するだけではない。友達などの人間関係を深めるのが大事なことと母に言われた。それで、今の学校に入ったけども、遂に友達は出来なかったよ。」

確かに勇次が友達とつるんでいる姿を見かけたことはない。あれだけ学力の差があると、勇次には同級生が子供としか見えなかったと思う。

「でもさ」

「でも?」

「晶子に出会えたから、僕の高校生活は大満足だったよ。そうじゃない?」

「まあ」

「僕は晶子に出会うために高校に行っていたようなものだ。晶子と一緒になれたなら、もう別に学校に行かなくてもいいじゃないか?」


そう言って、勇次が晶子を抱えるようにしてソファーに座ると、自然と晶子は勇次の膝の上で横抱きになる。

本当に勇次には敵わないと思う。

勇次と意見が違う時でも、結局晶子は勇次の方が正しいように思えてくる。

高校教師なら高校中退なんて絶対反対すべきだ。学校生活ではもっともっと大事なものがあるはず。けれどもう反対する理由が見つからない。

「私は本当に、勇次の言葉に乗せられて喜んでいる子供と同じだわ。でも、それでいい。今はこの幸せが長く続く事だけを願っていこう」

勇次の逞しい胸に、うっとりと顔を埋め、目を閉じていた。


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