22話 妙子からの提案
金曜の朝、晶子は大きな紙袋に服を詰めてアパートを出た。
仕事が終わると、まっすぐに勇次のマンションに向かう。
チャイムを押すとドアを開けてくれた勇次に飛びついてしまう。
「会いたかった」「私もよ」
しばらく抱擁を交わし後、勇次は晶子の大きな紙袋に目が行く。
「引っ越しを決めたんだね?」
「ええ、決めたわ」
「晶子が引っ越すなら、母に連絡しておくよ」
「お願いするわ。でも私、お母様から何か言われないかもしれないわ。嫌われたら、どうしよう」
「それは、大丈夫。母は僕を信用しているから」
その後、勇次が妙子に電話をするが、「え、母さん。それはちょっと」電話口で勇次がためらっている。
(どうしたのかしら)と思っていると、電話を置いて勇次が話し出した。
「晶子、お袋が引っ越し業者を紹介するから、来週でも引っ越しができるかと聞いて来たんだ」
随分、せっかちな話だと思った。
昨日、同棲をするために来たばかりで、勇次の母親とも会ってもいない。
それなのに、同棲を認めたばかりか、引っ越し迄進めてくれた。
身の回りの物だけを集めて来たばかりで、まだ、アパートの引き払いの話も済んでいない。
「同棲を始めるなら、身の回りの物を早く準備しなさいと言っているんだ。引っ越しも業者に頼んだ方が楽だし、準備もしてくれると言っている」
確かにそうだった。一応、着替えなど持ってきたが、勇次と暮らしていくにはまだ足りないものだらけだ。
少しずつアパートと往復して、運ぼうと考えていたが、いずれは大きな荷物を運ばなくてはならなくなる。
一辺に済ませてしまった方が楽になる。業者を頼むほうが良い。
「お母様は引っ越し屋さんを知っているの?」
「商売で、ほとんど毎日、運送屋を使っているし、引っ越しも手掛けている業者がいるらしい」
「それならお願いしようかしら」
次の土曜日になると、業者が朝からやって来た。
「冷蔵庫、洗濯機、ベッドはこちらで引き取り、処理します」業者は手慣れていて、段ボールに本、衣服、食器や家財道具を荷造りして、運び込んでくれる。
5年間住んでいたとはいえ、女性の一人暮らしだ。荷物はあるようで、いざ積み込み終わるとトラックの半分を占めたに過ぎなかった。
午後には、マンションへの引っ越しが終了した。
プロの手際とは言え、びっくりするくらい簡単に終わってしまった。
その時間を見計らって、妙子がやって来る。
「ご苦労様。これは帰りにでも飲んで」と4人の作業員に缶コーヒーを渡していた。
「オーナー。いつもすみません。伝票はお店の方に持って行きますのでよろしくお願いします」
作業員は頭を下げて帰っていく。その心遣いに晶子は、妙子の人を使うことに慣れていると思った。
妙子が言った。
「さあ、まだ片づけ終わらないけど、荷物は一応運び入れ終わったようね。二人と話をしたいので、ちょっと来て頂戴」
「あ、それなら、私、お茶を出します」
「いいのよ。引っ越しの後片付けで忙しいのだからお茶なんて用意しなくても。私も直ぐ帰らないといけないから、二人と話を済ませておきたいの。晶子さんも座って」
「先に言っておくけど、晶子さん。私が勇次の母の妙子です。これから勇次をよろしくお願いしますね。」
「小鹿晶子です。私の方こそよろしくお願いっします」
先に名乗られてしまい、失敗したと思いながら、教師らしい落ち着きを見せて言った。
「勇次は私の自慢の息子ですが、それは親の贔屓目。晶子さんはどんなところにひかれたのかしら?」
「私は勇次さんの担任教師です。勇次さんが成績優秀なのは良く知っていましたが、先々週、私は暴漢に襲われ、危うい所を勇次さんに助けてもらいました。私にとって、勇次さんは命の恩人と思っています」
「まあ、そんなことがあったの。勇次もなかなかやるじゃない」とくすりと笑いながら言う。
「それで貴方たち、いつ結婚するのよ」と、とんでもないことを言い出した。
「え、だって僕は高校生で、まだ17だよ。晶子の気持ちも聞いてない」これには勇次が反論する。
「そんなことは分かっている。でもあなたたちはもう同棲している。そんなことなら結婚を早くしなさい。
勇次は来年には18になる。そうなれば、法律上結婚できる。だから、今から準備をしなさいと言っているの。
結婚を先延ばしても、何かいいことある。普通、若い時は経済的な理由があって、結婚を躊躇うこともある。でも勇次は今十分に稼いでいるわね。おそらく、晶子さんが教師を辞めても大丈夫なほど、収入があると見ている。それなら、何も問題ないはず。
世間では若いからと結婚を反対するが、その理由は経済的なことがほとんどよ。勇次はすでに経済的には自立している状態なので、結婚を出来ない理由は法律以外では慣習などの『世間の目』を気にすることだけと見ていいわ。世間の目を気にして結婚を遅らせるのは意味ないわよ。
晶子さん。妊娠出産は女の一大事で大変なことよ。高齢での出産は今では普通になっているが、それは女性にとって、あまり良いこととは思えないの。やはり出産は体力のある若い時にした方がいいわ。
結婚を遅らせて、何かメリットあるの?」