21話 同棲
ここでコーツは話題を変えた。
「それからな。廃屋の暴漢達は全員警察に捕まったぞ」現場を去る時、勇次はコーツに分身を残らせて見晴らさせていた。
「通報を受けて現場に警察が到着しても、あいつらは誰も身動きも取れない状態だった。警察は状況から、傷害事件があったと判断して、現場を捜索した。大怪我を追った4人の男、床に散らばった女物の衣服、特に切り裂かれた女性の下着はここで何が行われたのか、明らかだ。女性ものの靴やメガネが落ちていたことも重要な証拠となった。
それで警察は勇次の電話通報の内容通り、男たちが廃屋に女性を連れ込み、乱暴しようと断定した。
男たちからの自供は全部取れてないが、女性を助けに来た男と喧嘩になって、大怪我を負ったと見ている。」
「あいつらは何者だったんだ?」
「Q国から仕事にきた者達だ。少しでも金を残して親たちに仕送りしようと、安アパートの一室を4人で借りて過ごしていた。狭い部屋で籠っているのに我慢できなくて、夜は外をうろついていたらしい。長いいこと女性に縁がなくて、たまたま通りかかった晶子に悪戯を仕掛けた。
その時に、晶子の慌てぶりが面白くなり、しかも、いつも使っていた廃屋の方に行ったので、悪い考えが浮かんでしまったようだ。まあ、その場の勢いであんな行動に出てしまったのだろう」
「警察はどうすると思う?捜査を続けて、晶子の身元や俺の方にも来ることはないのか?」
「被害届は出てないし、加害者が怪我しただけとして打ち切りになるだろう。警察も忙しいのだ。つまらない事件にいつまでも関わっている暇はないと言うことだ」
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一方の晶子は勇次が出ていくと急に激しい寂寥感と後悔に襲われていた。
5年かけて部屋を、暮らしやすいように生活用品を取り揃え、壁なども女性らしく飾って来た。
白か黒だけの勇次の部屋と違い、ピンク系の温かい色模様になっている。
でも勇次がいなくなるとぽっかり空間が空いたような気になる。ベッドに入ると一層寂しさがこみあげてくる
「ここには勇次の匂いがしない」
勇次の腕の中で寝ると安心感が違う。一人で寝ると底知れない不安になってしまった。
晶子は気づかなかったが、勇次といる間にコーツの影響を受けていた。
コーツの性への好奇心が彼女にも影響を与えて、性への要求を高ぶらせていた。
しかしその影響も次第に薄れていく。
「私はどうなってしまったんだろう。私はこれまで、男の人に夢中になったことも、恋をしたこともない。それなのに、勇次と裸になってあんなことをしてしまった。」
ベッドでのこと、風呂場でのこと、思い出すと、いつもの自分では考えられない行動だった。二日間の彼女は破廉恥そのものに思えてくる。
「教師として私は何ということをしてしまったのか」罪の意識も芽生え、苛まれてしまう。
「ああ、馬鹿、馬鹿。私の馬鹿。教師が生徒と関係するとは、どれほどふしだらなことだろう。私は教師失格」
罪の意識に駆られ、頭を壁に打ち付けた。
「どん」と頭をぶつけた時、その痛さで我に返る。
そのまま、熟睡できないで朝を迎えた。
ただ学校に行くと、また気持ちが変わる。勇次を教室で見かけると顔が赤らむのが自分でわかる。
眼を合わせてしまえば、思わず声をかけ、すり寄り抱き着いてしまいそう。何とか堪えるので精いっぱいになる。
授業も上の空で行った。学校の授業を機械的に済ませ、帰宅する。
そして、夜はさびしさと、罪の意識が交互にやって来る。
(勇次と一緒になれば、私はもっと堕落するかもしれない。でも、勇次と離れて私は生きていけるの)
何度も繰り返して、思い悩む。
(教師が生徒とただならぬ関係を持ってよいはずはない。でも、勇次の肌が忘れられない。
あんなに夢中になってしまったことは今までなかった。いったいどうしたらいい?)
それからも苦悩が続く。
子供の時から教師と言う職業に憧れ、神聖なものと考えていた。ようやく手にした職業なのに、ふしだらなことをして手放してよいのか。
(教え子との関係を持つのは最悪の選択になる。勇次とはもう会ってはならない。)理性的な考えだった。
ただ理性を取り戻すと、このアパートで暮らす不合理なことも考えられてくる。
(もっと学校に近い所に居れば、通勤時間が短くなり、早出も残業も楽になる。
あの夜だって、毎晩遅く帰るのが嫌だから、一度に片付けようとして、頑張ってしまった。
もっと早く帰ればあんなことだって、起きなかったはず。)
そうなると、このアパートにいる意味がなくなる。
そしてあれこれ考えていると、手が自然に秘所に伸び、自らを慰めていた。
「は!いけない」私はなんてことをしている。羞恥心で一杯になる。
また自分を責めてしまう気分になるが、(これは、もう体が勇次を求めていることではないのか。私は勇次なしの体でいられなくなったのではないか。もう本能が勇次を求めている)
そのように次第に思うようになっていく。
そして木曜の夜に決意した。「明日、勇次の部屋に行く。」
金曜の朝、晶子は大きな紙袋に服を詰めてアパートを出た。
仕事が終わると、まっすぐに勇次のマンションに向かう。
チャイムを押すとドアを開けてくれた勇次に飛びついていた。
「会いたかった」「私もよ」
しばらく抱擁を交わし後、勇次は晶子の大きな紙袋に目が行く。
「引っ越しを決めたんだね?」
「ええ、決めたわ」
その言葉に揺るぎはなかった。