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私の中の怪物  作者: 寿和丸
一部 怪物との出会い 
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2話 梶谷勇策

梶谷勇策がレストランに着くと、ウエイターがいつもの席に案内してくれる。そこは店で一番眺望の良く、おまけに勇策のためだけに、衝立で仕切りが設けられ、誰にも邪魔されず、ゆっくり食事を楽しめる場所だった。

「ようこそ、いらっしゃいました。」早速、オーナーシェフが挨拶に来る。

この店を開くとき、勇策が保証人になったこともあり、オーナーは必ず顔を見せる。

「今日も、旨いのを頼むな」

「はい。米沢から良い肉が入りました。お口に合うかと思います」

「うん、それでよい」


勇策のため、オーナーシェフが選び抜いた肉をミディアムより少し軽めの焼き加減にしてくれる。付き合わせもシェフにお任せだ。

「飲み物は何にしましょう?」食前酒の確認を聞いてきた。

「何か、勧めるものはあるのか?」

「はい、新潟から新酒が届いています」

「おう、それはよい。それに、チーズを附けてくれ」

意外かもしれないが、日本酒は肉も合う。今日の酒は果実のような香りと甘みを抑えた舌触りが、食欲をそそってくれる。一口飲むと次を催促したくなる味わいだ。

程よいころにお待ちかねの肉がでる。ジュージューして鼻孔をくすぐり、ナイフに力を入れることなくスーと切れる。それでいながら、口に入れるとしっかり歯ごたえがあり、食べている実感がある。かみ砕くという楽しみを失うことなく、肉を噛みしめると、また肉汁が広がる。

今ではこの店のこの肉しかステーキを味わえなくなってしまった。政治権力を握り女も金も飽きるほど手にしてきた彼にとり興味の持てるものと言ったら、もう食べることしかない。毎日でも来たいのはやまやまだが、主治医にカロリーを制限され、週に一度で我慢するしかないのが無性に腹立たしい。

毎週決まって、木曜日の1時過ぎ、必ずやって来る。それがこの店の一番混雑しない時間帯であり、勇策の配慮でもある。勇作だけの時間だ。


もう勇作ほどの年になると、地位や名誉などどうでもよく、まして金や女などに興味はない。あるのは食欲だけになっている。

幸いにして足腰は丈夫だ。「こうして、足を運んで店で食べられることは何という幸福なことよ」

料理は周りの雰囲気で変わる。家でどんなうまい料理が出されても、やはり店で食べるのとは違う。

料理に合った器、テーブルや椅子、そして壁に掛けられた絵画などが店の雰囲気を醸し出す。

何よりも店員の接客だ。この店はオーナー夫婦と3人のパートで営まれて、こじんまりして管理が行き届き、全て満足させてくれる。

恩義も感じているのだろうが、きめ細かなもてなしは格別だ。


勇策は既に齢90を越えている。15年ほど前に政界を引退し、田舎に移り住んだ。

そのときから、佐藤が家族を伴い、勇策の身の回りの世話をしてくれている。

彼の妻は既になく、息子が二人いるだけだ。だがそのどちらの家族とも彼はそりが合わず、佐藤夫婦だけを連れての田舎暮らしだ。

軍人上がりで政界のドンとまで言われた彼の目には、どちらの息子も頼りない。

「頭はさして悪くはないのだが、自分の考えを持ってない」と映るのだ。

若い時に、地主だった父親に反発して、勘当に近い形で家を飛び出し、軍人の道を選んだ。彼にとり、何でも親の言いなりになる息子達が歯がゆい。

「男なら親に歯向かうぐらいの意気地を見せなければ使い物にならん」それが彼の持論だ。

「あいつらは、大臣くらいは成れるが、とてもリーダーとして人を引っ張ることはできない」そんな見立てだった。

それでも選挙地盤を息子達には譲ったのは親心と言えよう。

「あいつらは60にもなって、まだ相談事を持ち込もうとする。おのれの判断で物事を決められない。この年にもなって、子供の面倒など見てられるか」

そう考えて、縁のなかったこの田舎に越してきた。


運転手の佐藤は遠慮して食事を同伴しようとしない。

「たまには俺と一緒に肉でも食わないか」と誘っても「私などご主人様と食事をするなんて滅相もないです」と断るのだが、別の理由がある。

佐藤は大変なヘビースモーカーで、片時も煙草を離せない。仕事中は集中するので、タバコを忘れるが、寛いだ時など絶対にタバコを欲しくなる。

と言って勇策が食事を楽しむ前で、ぷかぷかふかすことなど出来ない。それで、今日も愛妻弁当を頬張り、食後はゆっくりと煙をくゆらしているのだろう。

まあ一人で窓から見える川面の景色を眺めながら、ゆっくり食事をするのも良い。

健康で、食べたいものが食べられるそれが一番だと感じる。

ただ、残念なのが、歯が丈夫でないことだ。

「昔のように思い切り厚い肉をしゃぶりたい」

そんな勇作の悩みをここのオーナーは、自ら肉質を確かめるべく、遠くまで足を運び勇作の口に合う物を探し出してくれている。

「うーむ、やはりここの肉はうまい」いつものようにステーキを味わいながら一人心地になり、満足感に浸っていた。


そんな時に、男たち三人連れがどやどやと店に入って来た。


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