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私の中の怪物  作者: 寿和丸
2部 少年から大人へ
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18話 マンションにて

エントランスから半裸に近い彼女をどうやって他人に見られずに自室に連れていこうかと考えていたが、夜9時半過ぎで住人は誰も歩いてなかった。

管理人も窓を閉めて、すでに引き込んでいる。誰にも見とがめられずに部屋に帰れたのは幸運だった。

「ここに母の使っていた服があります」晶子はシャワーを使わせてもらうと、勇次から差しだれた服を借りることにした。

新品ではないものだったが、室内着も下着も綺麗に洗われ、畳まれている。

遠慮している状況でもなく、有難く使わせてもらう。


身体を洗ったせいか、晶子はようやく人心地がしてくる。

「シャワーしている間に、警察に連絡しました。男たちによって女性を廃屋に連れ込まれ、乱暴されそうになったので、助けたこと。男たちは怪我をして、まだ残っているかもしれないとだけ話し、先生と僕の名前を伏せています。先生から警察に事情を話されるなら僕も同行します」

「何から何まで、本当に助かったわ。少し擦り傷があるけど痣にはならなそうで、別に被害はなかったわ。だから警察に黙っていようと思う」

晶子も警察に行く気はなかった。それを思いやってくれる勇次の配慮が嬉しかった。

そして、落ち着いてくると「梶谷君はどうして、あそこに来てくれたの?」と疑問が湧く。

「あの近くのコンビニに寄ろうとしていたら、先生の姿が見えたんです。その後から身なりの怪しい男たちが付けて行くようなので、少し心配になって、僕も追いかけたんです。ただ、路地に入ると先生の姿が見えなかったので、端から一軒ずつ見て言ったので、先生の連れ込まれた家が見つからず、遅れてしまいました」

まさか勇次の体の中に怪物がいて、それがストーカーみたいに晶子を付け回していたとも言えず、ついた嘘だ。

路地からコンビニまでは距離があり、勇次が晶子を見かけたと言うのは少し無理があった。

ただ、助けられた安心から晶子はその話に疑いを持たなかった。


「先生、お腹が空いてない。今、ラーメンを作りますね」

「そんなことまでしなくてもいい」ショックで何も口に入らないからと遠慮したが、アツアツのカップ麺を差し出されると、お腹が「グー」鳴った。

考えてみれば夕食に職員室でサンドイッチを齧っただけで、何も食べてない。

堪らずラーメンに箸を付けると、「こんな旨いラーメンは初めてよ」と感嘆の声が上げた。

空腹だったことも大きいが、何よりも勇次の気の利いた応対に感謝の気持ちが、美味しくさせた。

そして、お腹が満たされると、眠気が催してくる。

「先生、お休みになりますか。僕と母の部屋にベッドがあるのですが、母のベッドは僕がパソコン置き場に使っていて塞がっています。申し訳ないのですが、僕のベッドを使ってください。」

「梶谷君はどこに寝るの?」

「僕はこのソファーで十分です」

「それじゃあ、悪いわ」と遠慮するが、勇次はさっさと支度を始める。

本当に高校生とは思えない、気配りを見せてくれる。

結局押し切られる形になって、晶子は勇次のベッドを使わせてもらうことにした。

ただ、「怖いから、ドアは開けて置いて」と言ってくる。

普通なら若い男と一つ屋根に寝るのだから、自分の寝る部屋ぐらいはドアを閉めるものだろう。

ただ、晶子はさっきの恐怖が忘れられなかった。少しでも勇次に近くに居てもらいたくて、寝室と居間の間のドアを開けておくことにした。

それで彼女は安心したようにベッドに入ると直ぐに寝息を立てていた。


それから数時間して「きゃー、止めて!放して!」、突然晶子が大声を上げた。

びっくりして、勇次は晶子の寝ている部屋に入ると、薄ぼんやりした深夜灯の下で、彼女が顔を恐怖にゆがめている。

「いや、いや」晶子は叫んでいた。明らかに昨夜のショックが尾を引いている。

「先生、大丈夫?」優しく肩を揺すりながら、声をかけた。

すると、晶子はぱっと目覚めた。

「あ。梶谷君、助けて!」彼女はベッドから身を起すと、夢中で抱き着いてくる。

昨夜の恐怖がトラウマとなって夢にまで出てしまった。そこに白馬に乗った勇次が助けてくれた。

「離れたくない。放さない」縋りつく思いで勇次の胸に飛び込んだ。

「白馬の王子様と一緒になりたい」子供の頃の憧れが目の前にある。彼女は勇次を王子と思いこんだ。

燃え上がった女の感情に勇次も直ぐに伝染する。強い力で、彼女を引き寄せ抱きしめていた。

もう二人は抱き合うだけで満足できない。すぐに唇を合わせ始めていた。


晶子はこれまでキスをしたことはない。地方の堅実な家庭に育ち、ふしだらな真似など縁がなかった。中学、高校と女子校で過ごし、男性とは父親か弟ぐらいとしか碌に会話したこともないほどだ。大学に上がり、東京近郊で一人暮らしをし始めても、男友達は出来なかった。男嫌いではないのだが、大学に通っても男性に憧れることもなく、気になる存在はいなかった。男子学生など、入学して遊ぶ時間と場所が増えたと勘違いしている者達ばかりと思え、友達になるのも敬遠した。そして教師になってからも素晴らしい人は見当たらす、それが今に続いていた。

勇次も勇策時代に男女関係を多く持っていたが、半世紀前のことで、女性をすっかり忘れていた。

二人にとってほぼ初めてのキッス。唇を合わせるが、前歯が当たり合うほど不器用なものだった。

それも、すぐに慣れていき、互いに舌を絡め合い、唾液を吸い合っていた。


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