12話 生まれ変わり
息子達と仲たがいになるようなことは、勇策の意図したことだ。
書面で多くの遺産の多くを、妙子に残そうとしても、息子や娘たちがいろいろ言ってくるのは分かり切っていた。それなら、勇策自ら子供たちと疎遠になるようにしておけば、遺産の相続を妙子にしやすくなると考えた。
「妙子なら、そんなことをしなくても俺の財産を独り占めにするくらいの才覚はあるだろうが。まあ、やっておいて無駄にはならんだろう」そう考えていた。
そして、勇次の誕生から3か月して、妙子が赤子から離れたすきに、勇策がベビーベッドに近づいた。
安心しきったようにすやすや眠る我が子を見ると、これからやろうとすることにためらいを感じる。
「どうした?臆したのか?」
「やはり、血のつながりを感じるんだ。俺にとっては最期の子供だからな。その子の未来を奪い取っても良いのかと思うんだ」
「だったら、止めるか」
少したって、意を決したように言う。「いや、続けてくれ」
そう言って、額と額を接するように顔を近づけていくと、勇策の口から、黒い塊がでて、赤子の口に入っていた。
幼子はピクリと反応する気配を見せたが、泣き声一つでなかった。
やがて、母親が戻ってきた時、我が子に添い寝するようにベッドに、身を乗り出していた夫を見つけた。
「あなた。」そう声をかけた時、夫はゆっくりと床に倒れ込んでしまった。
救急車が駆けつけてきた時には、すでに勇策は息をしてなかった。
「心臓発作だと思われます。ご高齢ですので、何らかのショックが心臓に負担だったのかもしれません」医師は簡単に説明した。
このことについて不信は抱かれなかった。
またレストランで起きた事件も警察は事故死と病死の両面から捜査していたが、結局、病死と判断されることとなる。
勇策の証言を担当した刑事は一応、証言を信用し、謎の生物を捜索したのだが、他に謎の生物を見たと言う証言がなく見間違いと処理された。
そしてレストランでの男の死は事件性がないと判断された。
その上、誰もレストランで死んだ男と勇策の死んだ状況が酷似していることに気を止めるものはなかった。
そのまま、勇策の件はごく普通の死として扱われていた。
◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇
政治家を引退して時が経ったとは言え、勇策の死は一定の影響力があった。葬式は当然、多くの参列者が予想された。
しかし、喪主には結婚したばかりの妙子が成ることから、親類が反発する。特に遺産相続を期待する息子達は妙子の喪主に強く反対だった。
ただ、妙子はそのくらいでたじろぐような女ではない。
「私は梶谷勇策の妻です。妻の私が喪主になることは当然です」きっぱり宣言した。
これには息子達も何も言い返せない。せめての抵抗で長男は葬式に出席しないと言い出した。それならばと、妙子は葬式を身内だけで行うことにした。
大物政治家だった勇策の葬儀にしては極めて異例のことだ。
だが、佐藤夫婦も、良夫も同意する。
「旦那様はああ見えて、内気なかたで、余り盛大なものにすると却って気にしますから、密葬でよいかと思いますよ」
「ええ、そうですよ。身内だけで、旦那様をお見送りした方が、旦那様も嬉しいでしょう」
葬式になって、長男は遂に参列しなかった。
その代わり、勇策の秘書だった者達の殆どが駆けつけていた。仲間は、他の議員の秘書や、中には国会議員などになった者達もいる。
それでも妙子を正妻と認め、丁寧な挨拶をしていた。
「親父の晩年を支えて下さりありがとうございました。何かと大変でしょうが、気をしっかりなさってください」
「困ったことがあれば相談してください」と温かみのある言葉でも忘れなかった。
そして仲間たちは佐藤にも挨拶をする。
「佐藤さん。長い間、親父の面倒を見てくれて有難うな」昔の同僚たちは佐藤夫婦にそう言って、労いの言葉をかけてもいる。
それだけ、勇策を最後まで支えた佐藤夫婦にはみんな感謝をしていた。
「俺達はオヤジから独立したが、オヤジの教えを片時も忘れてない。同じ釜の飯を食った者同士だ。これからも助け合っていこう」本心から言ってくれた。
葬儀の後、内輪だけの懇親会が開かれ、秘書たちなどの顔なじみが思い出話を始めた。
やがて、話しが今日参列しなかった長男のことになる。
「いくら、妙子さんが気に食わないと言って、葬式にも出ないなんて、子供としてどうなんだ」
「まあ、おぼっちゃまだからしょうがないよ」おぼっちゃまと言うのは秘書たちが国会議員になっている長男につけたあだ名だ。
「オヤジは部下の者達の良い所を見ていてくれた。苦労して仕事を成し遂げた時には必ず褒めてくれた。それだけオヤジの為なら喜んでつくしたものだ。
それが、あのおぼっちゃまときたら、部下が成果を出しても当たり前と思っているし、少しでもミスをしたらけちょんけちょんに怒り出す。あれでは人はついてこないよ」
「まあ、自分は生まれながらにして、政治家の息子だと言う考えを持っているのだろうよ。どこかに特権意識を持っている」
「オヤジは甘やかして育ててなかったが、どうしてああなったと思う」
「やはり、頭の出来だろう。オヤジは苦労人でもあるが、頭も人一倍よかった。それが息子には遺伝しなかったのだろう」
「まあ、そう言うことだろうな。できれば妙子さんとの間に出来たお子さんだけは頭の良い子に育って欲しいものだ」
「そうだよな。せめて妙子さんとの子供はまっすぐな子に育って欲しい」
「俺達は精々、長生きして、その子の成長を見届けようじゃないか」
長男への愚痴から、妙子の子供への期待に話は変わり、やがて、互いの健康や、老後のことなどに話が移っていた。
「ところで、オヤジを偲ぶ会を党でやろうとしているのをしっているか?なにやらおぼっちゃまが党に持ちかけているようだ。オヤジを偲ぶ会では親族代表になって、梶谷家の代表だと世間にアピールしたいようだ」
「あのおぼっちゃまなら考えそうなことじゃないか?」
最後にはまた長男への皮肉に戻っていた。
体調が悪く、投稿が随分遅れてしまいました。
この話で、一部が終わりです。
次からは、勇次の成長期の話になります。ご期待ください。