11話 息子達
「だから俺の言った通りになっただろう」男子が無事に生まれるとコーツは自慢げに言う。
精子を取り出す手術に臨む前に勇策はいくつかの心配を口にしていた。
「儂の精子は、本当にまだ採取できるのか?」
「安心しろ、ユーサの精嚢には精子の細胞がまだ残っている」
「生まれるのは男子と限らない。女子が生まれたらどうする?」
コーツとの記憶共有で、女子に乗り移るには障壁が高くなると知った。折角子供ができても女の子だった計画に支障が出る懸念があった。
「俺は生物の性差を調べた。昆虫などには条件によりメスだけで繁殖し、魚でも環境により、オスがメスに性転換して卵を産むことが起きている。ある条件で人間の精子を男子だけにするのは可能だ。俺がユーサの精嚢を男の精子になる環境にする。」
様々な心配をコーツはこともなげに払しょくする。
「受精卵を着床するのも、妊娠し、胎児が成長できたのも、俺の指示通りした結果だ」
コーツは最先端医療や人工授精などの情報を求めた。そして自らの知識と総合して、人工授精の効率を高める方法を考え付いたようだ。
その知識は勇策とも共有するのだが、勇策はそれらの知識を必要と思わないので、結局コーツだけの知識だった。
ともかく、コーツの計画が順調に進んだ。
その一方で別の問題が生じた。
妙子のお腹が目立つようになると、勇策は正式に妻に迎え入れ、そして生まれた子には勇次と命名し、息子達に通知した。
当然だが、国会議員の長男と一部上場企業重役の次男が揃ってやって来て、反対してくる。
「お父さん、年のことを考えてください。」「そうですよ、このことが世間に知られたら、どんな評判になるか分かっているんですか?」
「うるさい。普段、碌に挨拶にも来ないのに、こういう時だけ来て、偉そうなことを言うな。」
「こういう時だからですよ。お父さんが結婚すると言うことは、新しい身内が増えると言うことです。これが大事なことはありませんか?」
「身内だ?普段からほとんど連絡もしてこないのに、お前たちが身内だと言うのか?」
「そうですが、皆独立したとはいえ、血のつながりを持っています。お父さんのことは心配です。見も知らない女性がお父さんの家庭に入るのは、僕らにとっては一大事です」
「そうだ。お前らは独立した。ずっと昔に儂の手元から離れた。それでもう十分に自活できている。今更儂が誰と結婚しようとお前たちに関係はないはずだ。」
「そうは言っても、世間体と言うのがあります。90を超す人が結婚したら、新聞やニュースになります。」
「はあ、結婚が悪いことか?どんな悪事なのか?どんな刑法に触れるのか?」
「いや勿論、結婚は悪事ではありませんが、やはり世間体と言うのが・・・・」
「儂はこの結婚をお前たち以外には知らせておらん。儂の結婚をお前たちが触れ回らなければ、誰にも知られることはないだろう。」
「いえ、こういうことは世間に必ず知られ、面白おかしく言われるものです。結婚など取りやめてください」
ああ言えば、こう言う。いろいろ言い合って、とうとう勇策はブちぎれた。
「うるさい。もうお前たちとは縁は切れているではないか」
「縁が切れているなんて、そんな・・・」
「儂が誰と結婚しようと、お前たちには何の関係もないはずだ。もしそんなことで困るなら、お前たちは今まで何をしてきたと言うのだ。お前たちは政治家であり、実業家だ。一人前の大人だ。何があろうと、どっしり構えて対処できないでどうする。それなのに儂が結婚するくらいで大慌てするなんて、情けないと思わないか。」
そう言われ、息子達は何も言い返せなくなった。
息子達との話し合いは双方の思惑の違いから物別れになる。
勇策とすれば、妙子に多くの遺産を分けたいが、息子達はできるだけ取り分が欲しかった。
コーツは人間界の金の動きにはほとんど興味ないが、この時だけは違った。
「どうして息子達はお前の遺産が欲しいんだ?彼らには相当な財産をすでに持っているんだろう」コーツがいぶかし気に言う。
「ふふふ、金と言うのは持てば持つほど欲しくなるものよ。金持ちとは因果な者で、金の亡者になるのは金持ちだけだ。貧乏人も金を欲しいが、毎日の暮らしが出来ればよいのだ。ところが、金の亡者となるといくら金があれば良いのかとは考えない。金はあればあるほど良いと考えるのだ。息子達もそれに近い。実際にどれだけ金があれば今の暮らしを続けられるのか計算しない。獲れる金なら、全て欲しいと考えるのだ。」
「息子達には厳しいな」
「もう、あいつらは独り立ちしているのだ。いつまでたっても親のすねを齧ろうとする魂胆が気に食わん。それよりも今は妙子と勇次だ」
「まあ、妙子に金が残れば、いずれは勇次にも恩恵が来るということとか」
「そういうことになる。」
勇策にとって、生まれた息子の保護と安全が第一だ。
佐藤弁護士と相談して、勇次に遺産を多く継げさせるか、考えていた。