7. 覚醒する覚悟
多くの時間をかけず、狩人以外の村人は全員逃げてきた。
いざという時の行動を決めていたのが大きいと思う。
(おじいちゃん、大丈夫だよね……)
誰もが不安そうに心配をして、狩人たちが無事に逃げてくることを祈る。
――入口を見つめ、人が入ってくるのを待っていると足音が聞こえてきた。
(やっと来た!)
皆の表情も明るくなり、思わず立ち上がるが、その考えは甘かった。
地下室に逃げて来たのは三人。
全身から血を流し、一人は意識を失い、もう一人は片腕を失い、軽傷に見えるのは一人だけであった。
「早く手当てを頼む!」
そう言って、けが人の手当てを任せると、三人の中で一番軽傷に見える青年は何があったのかを話し始めた。
「あの魔物は想像を絶する力を持っていて、俺達は足手まといでしかなかった……。
最初は、ただ暴れているだけで、この調子なら何もしなくても時間を稼げる、そう思って油断したんだ。だがその直後、奴は隙を突いて魔法で攻撃してきた。それに気が付くのが遅れた俺たちは巻き込まれて……」
「お、おじいちゃんは? 大丈夫…だよね?」
不安が募り、口を出してしまった。だが、青年の表情はより一層暗くなり、己の拳を力強く握りしめると指から血が滴り、床を濡らす。
その姿は、どれだけ強い後悔と無念を感じているのか計り知れなかった。
「最初の魔法で竜巻みたいなのが発生して半数が死んだ。
それでベテランの人たちが、こんなに強力な魔物は初めてだから自分たちが囮になってる間に全員逃げろって……。でもその直後に二回目の魔法に襲われて、更に何人か死んだ。
その後は、無事だったベテランの人たちが囮になってくれたおかげで俺たちは逃げ切れたが、逃げるのに必死だったから誰が生きているか分からないんだ。本当にすまない……」
誰も悪くない。それどころか逃げ切れたことを褒められるべきだと思う。
でも今の話から考えると、おじいちゃんは生きていても他の人が逃げるまで囮になる。そして、最後に残った数人で魔物から逃げ切るのは不可能に近い……。
受け入れられない現実に感情が抑えられず泣き崩れる。
「新しい家族と幸せになれたのに、また私だけ残されるの?」
孤独と絶望に襲われ、二年前の記憶が鮮明に蘇る。
(同じだ。あの夜と何も変わらない)
あの時、目の前で母が殺されるのを震えて見ていることしか出来なかった。そんな自分にどれだけ後悔をしただろうか。
(私は、また同じ事を繰り返すの……? そんなの嫌だ。もう家族を失いたくない。私に力が無くても、何もしないで後悔するのだけは嫌だ!)
孤独と絶望は覚悟になって勇気をくれる。
「おじいちゃんはきっと生きてる。だから、今度は私が守るんだ。絶対に!」
そう決意すると地下室を飛び出した。
* *
地下から出て、村の状況を確認すると、村の中央辺りで魔物が暴れている。周囲には小さな竜巻がいくつも発生して、下手に近づくのは危険だ。
おじいちゃんの無事を確認したいが、この場所では視界が遮られてしまうので物陰に隠れながら移動をする。
(見つけた! 良かった無事だ!)
遠くにおじいちゃんが見えて無事な姿に喜んだが、問題は解決していない。
多くの人を生かすために囮になる。少ない犠牲で済む手段を選ぶのは分かるが、おじいちゃんが犠牲になることを受け入れるつもりはない。
それを阻止するために命を懸ける覚悟は決めた。
魔物は凄まじい勢いで人間に襲いかかっている。もし、離れた場所にいる自分が魔物の注意を引いたらどうなるだろうか? 魔法で殺されるか、襲ってくるか。
魔法を使われたら無駄死にでも、こっちを襲ってきたら全ての狩人が逃げる時間を稼げるかもしれない。
無力な自分に出来ることは限られるし、長く考えている時間も無い。もう、これしか手段は無いように思える。
(私が犠牲になれば、助けれるかもしれない……)
死ぬのは怖いけど、手足は震えていないし、涙も流れてない。
力は無くても勇気はある。今の自分にならやれる。強く決意を固め、村の入口を目指して隠れながら進む。
両親はこの選択をどう思うだろうか。怒るのか、悲しむのか、褒めてくれるのか……。心から喜んでくれるとは思わない。けれど、どうして譲れない想いがある。
(パパとママには悪いけど、私は、もう後悔したくないの。今度は私が家族を守るから、だから見守っててね)
村の入口に立ち、木で作られた笛に口を当てる。まさか趣味で作っていた物がこんな所で活躍するとは思っていなかった。
笛を吹いたら全力で村から離れ、あとは魔物が魔法を使わず追ってくることを祈るだけだ。
(最期のお別れが言えないのも二年前と同じだよ……。おじいちゃん、さようなら)
全力で笛を吹くと、その音が響き、魔物と狩人たちの視線が集まる。
まるで時が止まったように感じた。
魔物はこちらに向かって走る構えを取り、これで確実に自分の死が確定したという、死の感覚が流れてくる。
そして、おじいちゃんと一瞬だけ目が合った気がして、最期に笑顔を見せてからその場を離れた。
(今まで本当にありがとう。おじいちゃんと過ごした二年間、毎日が楽しくて最高に幸せだったよ)
あとは少しでも遠くに逃げるだけだ。おじいちゃんと村の皆が助かるように。
(これで少しは恩返しになったかな? もしそうだったら嬉しいな)
全力で走ったが、すぐに追い付かれ、死の足音が背後に迫る。
「きゃっ」
突進を避けきれず、突き飛ばされて木に叩きつけられた。
「ここまで……かな」
左足が動かず、息も苦しい。何本か骨が折れている気がする。だが、時間稼ぎは充分だろう。
今まで何もできなかった自分にしては良くやったと褒めたいぐらいだ。
そして、目の前まで近づいてきた魔物が口を開く。
「……あんまり痛くないように食べてね」
死を覚悟していても、生きたまま食べられるとは思っていなかったので、少し戸惑ったが、兵士に殺されるより苦痛は少ないだろうと思い、瞳を閉じた。
次→今週中