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2. 残酷な希望


 振り向くことなく母と走り続ける。


 あの場に残った父が持っているのは粗悪な短剣だけであり、立派な武器を持つ兵士を相手に時間を稼ぐには、ひたすら攻撃を避けるしかなかった。


 長くは耐えられるはずもなく、後方から聞こえてくる父の悲痛な叫びから、逃げるように走るのは辛かった。



 自分が、両親が、なにか悪事をしたのだろうか?

 誰かに迷惑をかけただろうか?

 なにも悪い事はしてない。


 それなのにどうして?

 どうしてこんなに酷いことをするの?



 涙は溢れ続け、心は限界だった。

 でも走るしかない。


(パパから貰った時間を無駄にはできない)


 そう思う気持ちだけで折れそうになる心を支え、なんとか走り続けた。



     *     *



「やっと追い付いたぞ。手間かけさせやがって」

 後方から声が聞こえた。


 振り返ると、短剣を片手に持った兵士が近くまで迫ってきている。

 所持している剣は父が持っていたはずの短剣であり、血に濡れた刃は父の死を意味していた……。


 もう逃げ切る術は無く、殺されるのは間違いない。

 それなら……どうせ死ぬなら一矢報いたい。

 そんなことを考えてしまうが、魔法も武器も扱えないトキカはあまりにも無力だった。


 自分には何も出来ない。そう思っていたが、母はまだ諦めてはいなかった。


「トキカ、ママが時間を稼ぐから、どこかに隠れなさい」

「どうして……? ママも一緒に来てよ……」


「ごめんね、他に方法が無いの。だから、逃げて」

「そんな……ママも居なくなっちゃうなんて嫌だよ……」

「お願い、お願いだから逃げ…」


 その言葉は言い終えることなく途切れた。

 突如として風が吹き荒れ、何かがぶつかったような衝撃で二人は吹き飛ばされる。

 あまりの勢いに母と繋いでいた手は離れ、そのまま転がるように倒れた。


 顔を上げると、隣で倒れている母の腕には短剣が深く突き刺さっている。

 おそらく、風魔法で短剣を飛ばし、その刃は母の腕に刺さったのだろう。そして、魔法は消えることなく、二人を吹き飛ばした。


 兵士だと思っていた相手が魔法を使った驚きと、母の腕から流れ続ける血を見て、どうすれば良いか分からずパニックになる。


「ママ……血が……」

「だ、大丈夫よ。それよりトキカだけでも逃げなさい」

「ママ、そんなの……なんで……どうしてこんなことに……」


 母は、足の骨が折れているのか、立つことすら出来ない状況だった。


 魔法が使える相手に逃げ隠れができると思えない。

 でも、だとしても、トキカが逃げることを願う母を前にして、何もしないで諦めてしまうのは間違いな気がした。


 心を決めて立ち上がる。

 せめて、最後にあがいてみよう、と。



 だが、逃げる動きを見せたトキカに、兵士は無情にも風魔法を放った。


 魔法は背中に直撃して、体が地面に叩きつけられる。

 全身に強烈な痛みを感じ、起き上がる力は残っていなかった。


 兵士は、ゆっくりと近づいてくる。


「子どもが俺の魔法を直撃してよく生きてたな」


 真横まで迫ってきた兵士はそう呟くと、容赦なくトキカを蹴り飛ばした。


 腹部を蹴られ呼吸が苦しい。手足に力は入らず、もう動けない。


「順番に殺してやるから、そこで待ってな。

 それより、お前はいつまで寝てるんだ?

 せっかく即死しないように手抜いてやったのにな!!」


 そう言って、母を何度も、踏みつける。


「ママが……」


 助けたい。でもそんな力は無い。

 それどころか全身が痛み、一歩も動けない。


 兵士は、母の左腕に刺さっている短剣を強引に抜き取り、そして右腕に突き刺した。

 母の絶叫が響き、血が大量に流れている。


「こんなに手間取らせたんだ、責任は取ってもらうぞ!」


 不気味に笑いながら何度も何度も母の全身を刺し、悲鳴をあげる声は次第に弱くなっていく。


「やめて、ママ死んじゃう…… 死んじゃうよ……」

「あ? 何言ってんだ。次はお前だからな」

「お願い…します…… 娘だけは……」


 全身から血を流し、力の無い掠れた声で母は懇願する。しかし兵士は、再び短剣を突き刺す。

何度も何度も。


「お前は、鳴いてれば、いいんだよ!!」

 そして短剣が左胸に刺さり、母の叫び声は潰えた。

「こんなの酷い……酷すぎるよ……」

「つい殺しちまった。

 まあいい、次はお前の番だぞ」


 兵士は短剣を手にして、近づいてくる。


(死ぬ。全身を何度も何度も何度も刺されて死ぬんだ……)


 死の恐怖。そして、楽には死ねない恐怖。

 全身が震えて息が出来ない。

 

 どうしてこんな目に遭わなければいけないのか。

 理不尽な仕打ちに心が壊れそうになる。


 そして目の前まで来た兵士は、赤く染まった短剣をかざす。

 もう、恐怖で目を開けていられなかった。



     *     *



(……あれ、痛くない?)


 恐る恐る目を開ける。


 そこは知らない場所だった。

 美しい夜空に輝く星と、一面に花開く鮮やかな赤い花の大地。


「ここは……どこ?

 もしかして、死んじゃったから天国なの?」


 そんなことを呟いていると、突如として目の前に淡い光が集まってくる。

 光は徐々に大きくなり、トキカの顔と同じくらい大きさになると光はゆらゆらと動き出した。


「お前はまだ死んでないぞ」

「え、えっ?」


 二つの意味で驚いた。

 光から声が聞こえたこと。そして、私が死んでいないと言われたことに。


「時間が無いから手短に説明するぞ。

 まず、ここはお前の心の中だ。

 次に、お前が生きたいと願うなら助けることが出来る。以上だ」

「えっ、それだけ? 説明短すぎない??」

「時間が無いからな。で、どうする?」


 これだけの説明でも、この質問の意味は分かる。


 生きたいか、死にたいか。その選択ができる。


 それなら答えは決まっていた。

 両親は最期まで私が生きることを望んでいたのだから。


「私は生きたい。この先、どんな辛い事があっても、諦めて命を捨てることだけはしたくない!!」

「そうか、なら生きろ。

 だが次は助けられないからな」


 トキカの意思を確認すると、光は徐々に小さくなっていく。


「待って、あなたの名前は?」

「――『精霊』それが人間から呼ばれている名だ」


 そう言い残し、光りは完全に消え去った。それと同時に急激な眠気に襲われて、トキカの意識は薄れていった。



     *     *



 意識が戻る。

 そこは、見たことのある空。見たくない現実。


 未だに信じられない。あれは、あの場所は、夢だったのだろうか?


 精霊と名乗った存在。もし夢じゃないなら気になる事ばかりだが、今はゆっくり考え事をしている場合ではない。


 周囲を見渡すと、すぐ近くに襲ってきた兵士が倒れていた。

 意識を失っているのか、死んでいるのか、分からなかったが直ぐに距離を取る。


 そして、そこで違和感に気がつく。


(あれ? 痛みが消えてる)


 万全ではないが、かなり楽になっていることに驚いた。


 これらの出来事が精霊の力なのだろう。実際に目にして本当だったのだと実感してくる。


 精霊。知っているのは精霊祭で祀られている『魔法を司る精霊』だが、この状況は魔法の精霊による力だと考えると納得できた。


 助けてくれたことに感謝をして、母のもとに近づく。


――あまりにも無残な姿に涙が溢れる。


 どうしてこんなにも酷い目に合わなければいけないのか……

 何度も感じたこの気持ちに答えは無いのだろう。


 せめて自分にできる供養をしたいと思い、近くに咲いていた花を少しだけ摘んで母の亡骸に添えてから、目を閉じてあげる。


「ママごめんね。本当はパパと一緒に寝かせてあげたいけど私行かなきゃ……

――パパとママの分まで絶対に生きるから。必ず生きてみせるから。だからパパと一緒に見ててね。

……今までありがとう」


 きっとこの言葉は届いている。そう信じて、走り始めた。


→次は来週中の予定

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