9. 命と心の可能性
気配を感じる。
まだ目を閉じているのに、魔物の位置と強い力が分かる。
(これがマナの力?)
全身の感覚が研ぎ澄まされ、不思議な心地よさを感じる。だが、ゆっくりしている時間はない。
(このままじゃ食べられる……)
慌てて目を見開き、目の前にいる魔物を視界に捉える。
この魔物が村を襲ったせいで何人も死んだ。村は半壊して、幸せな日々が終わりを迎えた。そして、生きている限り、また村を襲う可能性もある。
「許さない。絶対に許さないから!」
光が左手に集まり、そこから黒い影のようなものが伸びていく。影は魔物に巻き付き、あっという間に魔物を縛り上げた。
縛られた魔物は苦しむように暴れたが、拘束を逃れることは出来ず、数十秒で絶命した。
「凄い、これがマナの力なの!」
あんなに恐ろしかった存在を圧倒する力に感動した。今なら、この魔物が何匹いても勝てる気がする。そう思えるほどの力が溢れてくる。
だが、異変はすぐに表れた。
(痛っ、これが力の反動……)
全身が痛み、その苦痛はどんどん増していく。そして、痛みが限界を超えると、次第に体の感覚が失われていく。
(確かに、食べられるよりは楽かな)
そして、徐々に視界が歪み、視力は失われ、手足の感覚も弱くなっていく。
「トキカ! トキカしっかりしなさい! ――何だこれは? マナ、なのか……」
知っている声がする。聴力も弱まり、何を言っているか分からないが、名前を呼ばれている気がした。
「おじいちゃん、逃げなきゃ…駄目だよ……。せっかく私が…囮になった…んだから……」
「無理に喋るな。意識をしっかり持ちなさい! くそっ、このままでは……」
いよいよ意識が薄れていき、もう限界なのが分かる……。
(おじいちゃんは長生きしてね。ずっと見守ってるから)
――そして意識が暗転する
「トキカ、必ず助けるぞ。この命に替えても!」
* *
――漆黒の世界。何処までも続く暗闇の世界で、唯一光る灯火の前に立つ。今にも消えそうな明かりを見て直感した。これは自分の命なのだと。
そして、それはゆっくりと弱くなっていき、灯火が完全に消える瞬間、凄まじい輝きが灯火に降り注いだ。
「綺麗な光……」
こんなに美しい輝きは観たことがない。思わず手に取りたくなってしまう。
「それは命の輝きだ」
「えっ、精霊さん?」
「まさか、もう一度会えるとはな……」
「それって……?」
「お前は死んでない。お前はあの老人に助けられたんだよ」
「老人……って、おじいちゃんに!?」
どうやって助けてくれたのか想像がつかない。そもそも助かるような状態だったと思えなかった。
「命は何よりも強い力を秘め、強き心は不可能を可能にする。つまり、命を対価にマナを行使することでお前は助かったんだよ」
「ちょっと待って! い、命を対価にって、どういうこと!」
「あの老人が死に、お前が助かった、ということだ」
「どうしてそんなことを……。私、おじいちゃんを守りたくて、そのためだったら命も惜しくなかったのに……」
「――お前と同じだよ。自分の命を懸けてでも守りたい、そう思ったんだろう。
それに、命を対価にマナを扱うのは誰にでも出来ることじゃない。マナ適性の高い人間が、本気で自分の命を失ってでも叶えたいと願う気持ちにマナが応えるんだ」
「私と、同じ……」
お互いに命を懸けてでも家族を守りたかった。だが、どちらかが犠牲になる道しかなく、結果として自分が助けられた。
少し落ち着き、冷静になると、この命はおじいちゃんが繋いでくれたのだから、悲観ではなく感謝をするべきだと気がつき、自分が生きていることを受け入る。
「また独りになっちゃった。これからどうしよう……」
「何か、やりたいことはないのか?」
「私の……やりたいこと?」
自分の人生はまだ続いていく。この先どうなりたいか、何がしたいのか。それを考えなければいけない。
今までは家族がいたから、そのための目標があった。でも家族を失った今、どれだけ考えても何一つ思い浮かばない。
しばらく悩んでから、今すぐ決める必要は無いのかもしれないと思い、俯いた顔を上げると淡い光が視界に入る。
そこには、まだ恩を返していない相手がいた。
「そうだ! 精霊さんにお礼をしなきゃ! 私の力が役に立つんだよね?」
「これまでの事に恩義を感じる必要は無いが、協力してくれるなら助かる」
「私は何をすればいいの?魔法の練習?」
「まずはマナが使えるようなることだな。扱うマナの強さは才能と技能で決まる。だから、使えるようになったら慣れておけ。
だが無理はするなよ」
「分かった! それなら、私は強くなる!
誰よりも強くなって、精霊さんの夢に協力するね!」
「ああ、よろしく頼むよトキカ」
強き心は不可能を可能にする。
少女の強い想いは力となって、より深く強く覚醒するのだった。
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