第6話 主(あるじ)
「せっかくの再会シーンに水を差すようで悪いが、死んでもらう」
村の小屋が燃えさかり、夏の夜風が吹きなびく中、シオンは俺に剣を突きつけそう言った。
俺は、逃亡犯のように両手を掲げつつ、
「いや……待ってくれ……、殺さないでくれよ……」
この展開は誰も得しないだろ、マジで……。
「ぬかせ……自分の胸に手を当てて考えてみるんだな、罪の無い王国の民が貴様らにどれだけやられたと思ってる」
シオンは冷徹な瞳で俺を見据え、その刀身を突き付ける。
くそ、こんなイベント原作にはなかったぞ……。
どうすれば良い?
シオンに殺されるのはマズい。
マジでまずい……。
死返しも出来ない状況になってしまう……。
俺は冷静に言葉を返す。
「待ってくれ、俺は誰も殺してない。本当だ、シオン」
「外道共に名前で呼ばれる筋合いはない、今更命乞いか、男なら勇ましく腹を決めろ」
俺の言葉にシオンは冷たく突き離す。
いや、こいつ……全然話聞かねぇじゃん。
まぁ、ゲームでも序盤は確かにそうだったけどさ……。
早くアリスと出会って心の氷を溶かしてもらってくれ。
でも、シオンと会話できてすこし嬉しい。
なんて、考えているとアトが俺の元から離れて、シオンに楯突く。
「やめて! お兄ちゃんが言ってる通り、本当に人殺しなんてしていないっ」
シオンは気怠そうに少し目を細める。
「半妖の小娘、この男の手の甲を見てみろ、こいつは解放教会の一員だ」
「私はそんなの知らない、お兄ちゃんは何も悪いことなんてしてない!」
「生憎だがな何も知らないのなら、口を出さないで貰えるか。この男が善良なのかも知れないが、問題は、この男が教会員である事なんだ」
と、シオンは苛立ちを隠さず言い、更に続ける。
「ミリア、この娘の動きを止めろ」
くそ、メドューサの瞳を使うか。
ゲームじゃあんまり使わなかった魔法だけど、こんな所で厄介だな……。
ミリアは綺麗な金色の長い髪と、大きく実った胸を存分に揺らして杖を振るう。
「了解! 任せてシオン!」
ミリアの魔法が発動し、アトの動きが止まる。
「うぅ……動かない……」
アトの反応にミリアは言った。
「少しだけ我慢してね、あと……貴方はもう少し世間の事を知りなさい」
こいつら……。
俺は自然と後退りをしていた。
「おっと、兄ちゃん! 後ろに俺がいる事も忘れずにな」
いつの間にか、ハルクが後ろに回り込んでいた様だ。
なんだよ、こいつら……。
なんか悪役みてぇな動きをしやがって……。
これじゃまるで、俺が主人公みたいになっちまうじゃねぇか……。
シオンがアトの横を抜け、俺との距離を詰めつつ言う。
「殺す前に、一つだけ聞いておく。貴様は左目が赤く染まった男を知っているか?」
「……知っている」
いや、知ってるに決まってんじゃん。
アゼル・ソロモン枢機卿だろ。
解放教会の長だ。
このゲームの悪役側の要である人物。
シオンの家族と師匠を殺した張本人だ。
俺の言葉を聞いたシオンは、
「教えろとそう言った所で大人しく吐く口では無さそうだな……いいだろう、まずはその体に聞いてやる!」
と、言い放ち俺に剣を向け、飛びかかって来た。
は……早ぇっ!
俺は肩口に振り下ろされた、その一閃を間一髪で避ける。
「まっ……待てって……、シャレになってねぇよ! 落ち着けシオン!」
「俺は落ち着いている、焦ってるのは貴様の方だろう」
シオンは止まらず、剣を振るう。
俺は、懸命にその刃から逃げる。
「待ってくれ! 俺はお前を殺したくない! 世界が終わってしまっても良いのかっ!?」
「何をぬかしている……俺はお前を殺そうとしているんだ、本気で来い……それに世界など俺にとってはもう終わってるようなものだ」
違う……。
この先でアリスがお前を、その悲しみから救いあげてくれるんだよ……!
「頼むから殺さないでくれ! 俺はお前を殺したくないんだっ!」
「気が狂れたか……? 言ってる事が理解出来ないな」
やべぇ……マジで殺されるぞ、これ……。
「シオンばっかり見てるから、こうなるんだよ!」
背後から気配。
ハルクだ。
俺は急いで、頭を屈める。
ブンッ!
重厚な斧が風を切る。
ギリギリだったのか、ローブのフードが斬られた。
あっぶねー!!
しかし、あまりにも急な体重移動に体がついていかず、俺はよろけてしまう。
それをシオンは見逃さない。
俺はよろけながらも、シオンの方を見つめると、自然とシオンと視線が交わった。
シオンは、表情一つ変えずに言った。
「貰った」
シオンの振るった切先が俺の肩口に向かう。
夏の月が白く浮んでいる。
向けられる刃は月明かりよりも輝いていた。
夏の夜は短いはずなのに、今夜はなんでこんなにも長いのだろう。
俺はそっと目をつむった。
刹那だった。
俺の目の前に竜巻が立ち上がる。
「へ?」
トルネードの魔法だ。
木の行の上級魔法。
これ、全体魔法で使い勝手良いんだよな。
って、そんな事じゃないか。
「逃げますよ」
上品な男の声。
音もなく背後からそんな事を言われた俺は、もう次の瞬間には、その何者かに抱き抱えられ、まばたきの後、一瞬シオンの姿が見えた。
瞬間移動?
そう思ったのも束の間、その何者かは目にも止まらぬ速さで動き、気がつくとアトも俺と同じようにその何者かに抱き抱えられていた。
早っ……。
てか、強っ……。
両脇に俺とアトを担いだそいつは、静かに呟く。
「金色の不死鳥よ」
えっ、その詠唱はフェニックス?
そう呟いた後に、その何者かは大きく空中へとジャンプした。
高っけぇ……。
50メートルくらいジャンプしてね? これ。
頼むから離さないでくれよ。
俺、高所恐怖症なんだから。
そして自然と落下していく中で案の定、金色に輝く、フェニックスが大きな鳴き声と共に現れ、俺たちを乗せて夏の夜空を裂いていく。
「危ない所でしたね」
そう言い、その声の主は俺とアトを離した。
俺は、その声の主を見る。
ヨーロッパの貴族の様な、シワのないカーディガンに上下一体の茶色ジャケットとスラックス、ポケットチーフも胸元にはためかせている。
一目見ただけで、その上品ないで立ちが伝わる。
そして、月明かりに照らされるその男の顔は、やや優男風味ではあるが間違いなく色白で美形だった。
金髪のサラサラな直毛を肩まで伸ばして、額を露わにし、その金髪をセンター分けにしている。
センター分けがこんな似合う奴初めて見たぜおい。
誰だろう、この人は……。
こんな奴、原作にいなかったと思うけど……。
俺が思案に耽って、言葉を返すのを忘れてたからか、その男が心配そうに言った。
「大丈夫ですか…….? 我が主」
…………。
え?
あるじ?
どういう事?
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