第4話 始まり
「魔法の使い方?」
アリスとの唐突な出会いからも2日が経過していた頃、二人で軽く晩飯を食べつつ、俺はアトにそんな事を聞いてみた所、怪訝な顔でそう返された。
呆れつつもアトは続ける。
「いや、普通に使うだけなんだけど……」
アトはテーブルに座って中央の皿にあるゆで卵をひとつ取った。
「うわ……アト、それ一番部下に対してやっちゃいけない回答だぞ、普通にとか一番ダメだぞ」
「だって、私も上手く説明できないんだもん。あと私は多分、普通の人間よりも魔力が強いからその辺も違うと思う……」
「えー、俺も火とか雷とか撃ちたいし、聖なる魔法とか使いてぇよ」
「てか、お兄ちゃんはそもそもなんの属性なの?」
アトがゆで卵の殻を剥きながら、適当に話を返す。
てか、卵好きだよなこいつ。
卵ばっか食ってるよひとりで。
「属性? そういやなんなんだろうな。俺、別にプレイヤーじゃないからステータス画面とか見られないんだよ」
「また意味の分からない事言ってるし……」
そうだ、アトの言った通りこの世界のキャラクターは基本的には、5つある属性の内いずれか1つを司る形で生まれてくる。
火、水、木、金、土、この五行の内のどれかだ。
ただ、これはあくまでも原則的なもので、たまに異行といってこれらに当てはまらない属性や、これら全ての属性を扱える者もいる。
アトはおそらく、火の行の持ち主だろう。
もちろん、他にも使える可能性もあるが。
「なんだよー、魔法の使い方教えてもらえると思ったのになー」
「ていうか、これ言っちゃいけないかもなんだけど、正直お兄ちゃんからはほとんど魔力の波動を感じないんだけど」
「えっ!?」
嘘だろ……?
「うん、私半分妖魔の血が入ってるから、人の魔力がどのくらいあるかってなんとなく雰囲気で分かるんだけど、お兄ちゃんは全く感じない」
「マジかよ、ちょっとショック……」
雑魚キャラは雑魚キャラらしくしてろってか……。
てか、アトの奴そんな能力があるのなら、教えろよ……。
俺が普通に凹んでいたからなのか、アトは少し焦った様子で、
「い……いや、でも魔法が使えなくても別にお兄ちゃんはお兄ちゃんだから……。魔法が必要な場面があれば私がいるし……」
と、珍しく照れた様子でフォローする。
傷付けてしまったとか、思ってくれたのかな。
優しいなぁ、アトは。
「確かに、これは諦めるしかないか。頼りにしてるよ、アト」
「うん……」
俺は、飯を食い終わり立ち上がる。
夕日が完全に沈む前に、裏の井戸で水浴びでもしてこようか。
ローブに手を掛けて脱ごうとすると、
「ねぇ、なんでいっつもここで脱ぐの?」
アトが横槍を入れる。
「え? いや別に……アトは俺の体なんて興味ないだろ?」
「興味ないからこそ、気持ち悪い」
「マジかよ……」
女子高生みたいなこと言うじゃん、こいつ。
まぁ、丁度そのくらいの年齢っぽいから仕方ないのかも知れないけど。
でも脱ぐっていっても、下着姿になるだけなのに……。
次第にお兄ちゃん臭いとか言われちゃうのかな……。
なんて事を思いつつ俺は、テーブルの脇にある石鹸を手に取った。
その瞬間。
「うっ……!」
体が硬直する。
視線の先にある、右手の甲が赤く光り輝いている。
くそっ……。
アレだ……。
初日以降訪れていなかったあの感覚が体を支配する。
「えっ……なにこれ……お兄ちゃん…?」
不安げなアトの声が聞こえる。
俺はアトを落ち着かせる。
「アト、大丈夫だ……」
「凄い魔力……大丈夫じゃないよこれ……」
手の甲の紋章が光る。
解放教会の証が赤く光り輝いている。
忘れてはいなかった。
しかし、向き合おうとも思っていなかった。
だが、否応なく向き合いざるを得ない。
【村へ行け】
俺は、解放教会の人間だったのだ。
脳裏に響く、あの声が再び聞こえる。
俺の体が勝手に踵を返し、外へと歩を進ませる。
「お兄ちゃん?」
「来るな……ここにいろ」
俺は懸命にアトに言う。
良くない予感がする。
【刮目せよ、我らの成果を】
脳裏にこの言葉が無数に溢れる。
意識が眩みそうになる。
成果ってなんだよ……くそ……。
「お兄ちゃん……操られてるの?」
「来るな……頼む……」
外へと向かう俺の後ろをアトが付いてくる。
「いや! ちゃんと説明して」
「ついてくるな……!」
「だからいや! それでお兄ちゃんが死んだらどうするの……! おかしいよ……この魔力……」
意識が勝手に加速する。
【刮目せよ、我らの成果を】
この言葉が脳裏を埋め尽くす。
外へと出ると、呑気な夏の夕焼けが俺たちを出迎える。
吐きそうだ。勝手に意識が加速される感覚に。
「アト……言う事を聞け……」
「私も付いて行く……」
「アトっ!」
「お兄ちゃんを守らないといけないから……」
くそ、頑固だなこいつ……。
自分が死ぬかも知れないんだそ……。
しっかり説明してやりたいが、正直意識を保つだけで精一杯だった。
こんな事なら、最初っから説明しておけば良かった。
体は石のように固いはずなのに、しかしその足は淡々と歩を進める。
まるで、自分の足じゃないかのように。
刃向かえる気がしない。
体は硬直しているのだから。
坂を下ると、前方には村が見える。
しかし、村には何の違和感も認められない。
何を見させたいんだ俺に。
狙いがわからない。
あぁ……頭が割れそうだ。
右手も焼けそうに熱い。
ふざけんなよ……。
「お兄ちゃん……」
アトの声が聞こえる。
そりゃいきなりこうなったら心配になるよな。
俺はなんだか笑いそうになる。
しかし、その意識も気を抜けば飛びそうになってしまう。
簡素な角材で組まれたいつもの村の正門を潜る。
見える景色も、いつも通りだ。
八百屋のおばさんも、パン屋のおじさんもいつも通り忙しなく働いている。
なんなんだ、本当に。
夕日が陰ってきた。
もう日没だろう。
露店の通りを抜けると、小屋の店が立ち並ぶ。
すると、ふと俺の足が歩むのを止めた。
「お兄ちゃん……?」
なにをさせたい……?
俺をどうしたい……。
目線を辺りに向けていた所、強引に顔が上へと向けられる。
空……?
遠く彼方の方は、もう夜の帳が降りている。
「お兄ちゃん……何……あれ……」
アトの声に改めて、目を配らせると、
夕暮れの空の色に紛れて分からなかったが、何やら光の跡のような物が、空に浮かんでいる。
「…………」
俺はSS9の記憶を辿る。
その点と点が繋がる。
「アトっ!!! 走れっ!!」
「え?」
刹那。
耳をつんざくような轟音が鳴り響き、
空が青白く輝いて、辺りは瞬く間にその光に包まれた。
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