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第3話 気配

「俺の名前?」

アトがいきなりそんな事を聞いてきた。

アトと俺との変な生活が始まってから、もう3日経とうとしていた。

俺達は、あの最初に目覚めた丘上の廃屋を根城にしている。

最初にいた、あの同じ末端信者の男はいつのまにかどこかに消えていた。

村に食料を買いに出かけ、アトは火の魔法を使えるのか、毎度毎度魔法を使って料理を作ってくれる。

水も廃屋の裏に井戸があり、そこから好きなだけ飲めるし、体も洗える。

何の不満もない、生活があった。

そもそもが浮浪者みたいな存在なのだ。 

雨風凌げて、水が飲める生活が出来るのならそれで良い。

「うん、名前。さすがに名前はあるでしょ?」

いや、聞き方さぁ。

アトは人を馬鹿にするのが好きな奴だ。

不憫な境遇だったのに、意外にちゃんと自分を持っており、面白い。

「そりゃ名前ぐらいあるだろ」

俺達は廃屋でパンを食べつつ話している。

「教えてよ」

「末端信者A」

「は?」

「いや、俺にカーソルを合わせてみろって本当にそうやって名前が出てくるから」

「カーソル? 何言ってんの? 頭大丈夫?」

アトが怪訝な顔でこちらを見つつ、焼いたパンをちぎり口に入れる。

名前ねぇ。

俺、日本人の名前だからなぁ。

教えても良いけど、信じてもらえなそう。

「本当の名前言ってよ」

「新一」

「はい、またボケた」

「いや、ボケてねぇよ。ガチだわ」

「え? そうなの?」

「うん」

「変な名前ー」

アトは小馬鹿にした感じで微笑み、

「やっぱり変な人だから、変な名前だった」

「別に変な人じゃねぇよ。そもそも異世界人だからな俺は」

「また出たそれ、好きだねーそのセリフ」

事実を言ってるだけなのに……。

アトは自分で作った目玉焼きも頬張り、

「じゃあ、お兄ちゃんって呼ぶね」

「え、良いけど、なんで?」

「そっちの方が自然だから」

「新一も自然だろ、全然」

「全く自然じゃないから、私まで変な人みたいに思われたくないし」

「言っとくけど、ちなみに苗字なんて佐藤だからな? 超ありふれてて自然だろうが」

「だから自然じゃないって、悪目立ちするだけだから」

悪目立ちって……。

「だから、お兄ちゃんって呼ぶから」

「うん、まあなんでも良いけどさ」

俺は水を仰ぐ。

「あっ、そういえばお兄ちゃん、もう水がないからまた汲んでこなきゃ」

「そっか、じゃあ早速行ってくるかな」

俺は立ち上がり、保管用の桶を手に掴む。

「よろしくー」

アトは呑気にパンを頬張りつつ、言った。

アトみたいに魔法も使えない俺は、こうやって地味な家事だけ手伝っている。

実際のところ俺にも魔力はあるのかも知れないが現状、魔法の使い方が分からないため、なんの役にも立たない。

軋む廊下を抜けて外へ出ると、今日も高い夏の空が俺を出迎える。

アトと力を合わせて今のところは生きていけてはいる。

って、まぁほとんどアトのおかげだけど……。

俺は街道の轍からから外れ、廃屋の裏手にまわり、獣道を通る。

おそらく本来であるのなら、元々住んでいた住人のここは庭か畑かなのだろう。

長年放置されていた為か、草が生い茂っている。

いずれは、ここも整備して畑を開拓する事もありかもしれない。

草をかき分けると、古びた井戸がある。

俺は錆びたレバーを力一杯、往復させると、吐出口から綺麗な透き通った水が出てくる。

俺は、その水を手ですくい、口元へと持っていく。

冷たい。

自然と喉が鳴る。

一杯では飽き足らず俺はさらに手に水を掬う。

「美味しいですか?」

凛とした女の声色だった。

俺はすぐさま、後ろを振り返った。

「え……アリ……」

まずい。

とっさに俺は口の動きを止めた。

「ごめんなさい、驚かせてしまいましたね」

そこにいたのは、SS9のメインヒロインたる、

アリス・エオニスだった。

艶やかな黒髪のポニテ、輪郭を囲むようにサイドの髪も降ろしており、きめ細やかな白い肌、すっとした鼻と大きく凛とした瞳。

胸はそこそこに大きい。

女剣士のような動きやすい革のジャケットにショートパンツ、それにブーツを履いている。

原作通りだ。

って呑気な事を考えている場合じゃない。

「…………」

何が狙いなんだ、こいつ。

なんでいきなり、メインヒロインが末端信者Aにからむんだよ。

てか、こんな草の生い茂っている場所でどうやって足音立てずに近付いたんだよ。

ゲームがゲームなら、サイレントキルされてたぞ。

「あれ? もしもしー、聞こえてますか?」

「はい、聞こえてますよ……、いきなり後ろにいたんで驚いてしまいました」

俺は務めて平静な様子で、彼女の笑顔に同調し微笑み返した。

「ごめんなさい、視線の先で貴方が街道から逸れて草むらの方へ行ったので、つい気になって後を付けてしまいました……」

アリスは屈託のない笑顔を俺に向ける。

アリス・エオニス……。

稀代の天才召喚士で、数年前に自分の才能に溺れ最強の召喚獣である死神「タナトス」の召喚を企てるも失敗。

誤って精神を乗っ取られ、数多の人間を虐殺する。

その中に最愛の人も自身の家族も含まれていたのだ。

それ以降、彼女は考えを改め懺悔の旅をしつつ力に溺れた自分を見つめ直しているのだ。

俺はアリスに何かを悟られないように、

「あぁ、そうだったんですね。単純に水汲みをしてただけですよ、旅のお姉さん」

「でしたら、私もここの水を一杯頂いても良いですか?」

「はい、どうそ」

俺はレバーを引いて水を出した。

「ありがとうございます!」

アリスは吐出口に手を伸ばして水を掬い口に入れた。

「美味しいですね! 元気が湧いてきました」

「それは良かったです、汲んだ甲斐がありました!」

俺とアリスは微笑み合う。

そしてアリスは言った。

「ところで、貴方のその強烈な死の気配はなんですか?」

…………。

はい?

その瞬間、アリスは俺の喉元を掴んで、一気に地面に叩きつけた。

「ぐ……はっ……!」

脳が揺れる。

俺の腹にアリスが乗っかり綺麗にマウントを取られてしまった。

「劫火の蜥蜴よ」

まずい。

サラマンダーを召喚するつもりだ。

って、思ったところで俺に何か手札があるわけじゃねぇよな……はは。

ていうか、こいつの強さは俺が一番分かってるしな。

俺は黙ってアリスの様子を眺めてた。

「普通の人には気付かれなくとも、私には分かります。貴方の死の気配。あれと同じ気配を……」

「タナトスの事か……?」

アリスの瞳孔が開く。

首を掴む力が強まる。

「何故、それを……。貴方……何者なんです?」

「ただの雑魚キャラだって……」

苦しい……。

「ほら、力を使わないと死んでしまいますよ。はやく本来の姿を見せてください」

なんでいきなりこんな事になるんだよ……。

アリスは言葉を続ける。

「首を掴むこの右手に、今も貴方から放たれる強烈な死の気配が伝わってきます。一度支配されたから分かる、間違いない」

知らねぇよ……。

勝手に被害妄想してんじゃねぇよ……。

てか、マジで意識が。

「本当に死んでしまいますよ、早く貴方の力を見せてください」

力なんてねぇよ……。

力があったらどんだけ良かったか……。

力があったら抗ってるよ……。

俺は懸命に声を出した。

「ア……リ……ス……」

「っ……!」

アリスは力を緩めた。

俺は大きく咳き込む。

あぁマジで死に掛けた。

さすがメインキャラ、マジ強ぇ……。

可愛いけど、超強ぇよ。

「なんで、私の名を……?」

アリスは泡を食った顔を浮かべている。

「それは……言えない」

しゃがれた声で俺は懸命にアリスに言葉を返した。

アリスは、感慨深げに自分の手の平を覗き込みつつ、

「私の手に伝ってくる強烈な死の気配の中に、一瞬だけ、貴方の優しさが流れてきました……」

アリスは一呼吸を置き、

「私の名前を呟いたのと同時に……」

アリスはさらに続ける。

「ううん、優しさでもない……なんて言えば良いの……? もっと大きな……この世界全体への大きな慈愛と言えば良いのか……」

アリスが困惑している中、俺はひとしきり咳き込んだ後に、

「あぁ、これだけは言っといてやる……。俺は誰よりもこの世界を愛しているからな。誰になんと言われようが、これは間違いなく最高の神ゲーだからな」

あの、最後の一点を除いて……な。

アリスは召喚魔法を解き、俺の腹から退いた。

「少し何を言っているのか分かりませんけど、私は貴方が悪い人ではないと判断しました」

いやいや、殺されかけましたけど……。

「貴方のその禍々しい死の気配だけは、どうにも解せませんが、貴方はそれ以上に優しい人です」

アリスは、倒れている俺に手を差し伸べる。

俺はその手を握り返し、起こしてもらう。

アリスは先程とおんなじの屈託のない笑顔を俺に向ける。

俺はもう、微笑みを返す余裕がなかった。

HP 0だ。

もう家で寝たい。

「水、ごちそうさまでした」

「はい、ありがとうございました」

「貴方とはまたどこかで会いそうな気がします」

「忘れて下さい、ただのモブなんで」

「忘れません。貴方の深い慈愛は」

アリスはどこか上機嫌な様子で、この場を後にした。

辺りの雑草が濃い夏の光を浴びて静まり返っている。

遠くで蝉の鳴き声が聞こえる。

はぁー、疲れた。

急いで、水を汲まなければならない。

アトが心配しているかもしれない。

水汲みにどんだけ時間掛かってんの? ってまたいじられてしまう。

いじられるのは嫌だから、俺は疲れた体に鞭を打って桶に水を入れた。

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