第2話 名前
「すいませんー」
俺の問い掛けに老婆は顔をこちらへ向けて、欠けた前歯が印象的な微笑みを見せた。
「あぁ魔法使いさん、どう? 奴隷は?」
「奴隷?」
「何さ、あんた奴隷も知らないのかい? 見た事ないかい?」
「いやー、ちょっとないですね、西側諸国の人間なんで」
「西側諸国?」
「いえいえ、あんまり深く考えないで下さい。ちなみに値段はいくらくらいなんですか?」
俺の質問に老婆は辺りを見渡して、耳打ちをしてきた。
「金貨3枚でどうだい?」
えっ、思いの外俺でも買えるレベルじゃん。
「そんな値段で売ってるんですか?」
相場が分からない為、俺は聞いてみた。
「な訳ないでしょう、そんなんだったらこっちだって商売上がったりだよ。安い理由なんて一つしかない。半妖だからだよ」
半妖ねぇ。
見た目はどう見ても、10代の人間の女の子にしか見えない。
生気のない表情をしてはいるものの、童顔で目がクリッとしており、まつ毛も長く可愛らしい顔立ちをしている。
背はどちらかと言えば小さい方だが、しかし体型が細い為かスタイルは悪くない。
俺も高校生の頃はガリガリだったしな。
ボサボサで伸びっぱなしの髪を整えて、その土で汚れたパーカーとショートパンツももっとしっかりとすれば、むしろ可愛いくなるんじゃないかと感じる。
しかし、ピンク色の髪の毛とかマジ二次元の世界だな。
「半妖だとなんで安いんですか?」
「なんでってあんた、半分妖魔の血が入った人間に身の回りの世話や仕事をさせたいかい? 盗みを働くかも分からないし、妖魔は魔力が強いからね。油断すると寝込みを襲われかねないよ、街道でもよく半妖の盗賊団が行商人を襲ってるの、あんた知らないかい?」
「そうなんですねー」
差別対象ってわけなのね。
少女は、俯いたままじっと立ち尽くしている。
何かを見ているわけでもないのに、その目はどこか一点を凝視している。
ss9の記憶を思い返しても、こんな半妖のキャラクターは存在してはいない。
おそらく無視してもなんの問題もないだろう。
俺と同じく、この世界のシナリオに全く必要のない存在だ。
…………。
でもまぁしかし、
「金貨3枚ってこれで良いですか?」
俺は懐からそれを取り出し、老婆に渡した。
「あんた、買うのかい、この子を」
「はい」
途端、老婆は泡を食っていたものの、すぐさま、にこやかに微笑み言った。
「まいどあり」
そのセリフに少女は初めて俺の方を向き、どこか怯えた様子で、あるいは敵意を持った様子でじっと見つめてきた。
老婆は、そそくさとこの場から立ち去ろうとし、
「ほらお前、私はもうお前の主人じゃないよ。この人がお前の主人だよ、これを持ってさっさといきな」
と、言い残し女の子に巾着袋の様なものを投げてこの場を後にした。
心地の良い風が背中を抜ける。
女の子のボサボサな髪を巻き上げる。
「さっさといきな、だってさ」
「…………」
女の子は言葉を発しないが、俺は構わず続ける。
「まぁ、別に君がひとりでどっかに行っても良いんだけどさ、ちょっと付き合ってよ」
「…………」
女の子は警戒した顔を崩さないが、俺が歩き出すとちゃんと付いてきた。
「美容院ってどこにあるんだろうな」
「…………」
露店の並びを通り抜けると、小屋が立ち並んでいる。
分かりやすく、看板が各々の小屋に描かれており、直感的に定食屋や、道具屋など様々な店の看板が掲げられている。
その中にもハサミの絵をした看板があり、俺は試しにその店に入った。
「いらっしゃいませ」
女の店員さんが入店した俺たちに気付く。
ドンピシャだ。
こっちの世界でも、床屋は床屋だ。
俺は店員に言った。
「あのーこの子の髪を切って欲しいんですけど」
「はーい、分かりました。3ギルになりますね」
ギル?
あのお札の事か?
そうだ、確かにこの世界のお金はギルだったな。
俺は懐からいっぱいあるお札を取り出す。店員は、その中から3枚抜き取って、
「ありがとうございますー、ではこちらへどうぞ」
女の子は驚いているのか、少し挙動不審だ。
「ほら、あの椅子に座んな」
「…………うん」
店員に案内されるがまま、少女は椅子に腰を掛ける。
店員にどんな風な髪型が良いか尋ねられて分かりやすく女の子は戸惑っている。
いきなりそんな事言われても困るよな。
おそらく、そんな事を考える必要のない日々だったのだろうから。
分かりやすく、戸惑う様子は少し面白い。
ひとしきり会話も終わると、
「じゃあ、切っていきますね」
店員も彼女と会話をしていく中で、察した様子で自分のイメージでハサミを入れていく事にしたようだ。
店の中に居ても仕方ない。
俺は外で気長に待っている事にした。
どうせやる事なんてないのだから。
外に出ても、まだまだ陽は高かった。
さて、当座の金はあるが、どうすれば良い。
末端信者としての俺は、石の情報を入手しなくてはならない。
が、
そもそも、石のありかなんてもう全部知ってるしな。
それよりも、ここが本当にSS9の世界だとしたら、主人公とヒロインがいるはずだ。
まずは、彼らの存在をこの目で確かめなければならない。
「はぁ……」
俺は、この右手の甲を見る。
なんで、よりにもよってこんな雑魚キャラなんだよ。
頼むから元の世界に帰らせてくれ。
帰れる訳ないと思うけどさ。
けれども、ここがSS9の世界だとすれば、世界の終わりとしてはあのエンディングまでって事なのか?
「…………」
エンディング……。
あのエンディングが起きるのか……。
11回目のエンディングを見なければならないのか……。
って、そこまで生きてたらの話しか。
というか、俺自身が主人公に殺される可能性も大だしな。
なにせ俺敵だし。
敵キャラだし。
「お兄さんー」
店の中から、あの店員さんの声がする。
俺は中へと戻った。
「終わりましたよー」
店員は声と共に、椅子をクルッと回転させた。
「おー」
女の子は見違えるほど、可愛くなっていた。
ボブだ。
目にもかかり、ボサボサだった髪の毛は、綺麗にハサミを入れられて、可愛らしいショートボブに仕上がった。
頭も顔も洗ってもらったのか、顔に付いていた土汚れも綺麗になっていた。
女の子は、少し恥ずかしそうに俺から目を逸らしている。
俺は女の子に言った。
「可愛くなったな」
「…………」
恥ずかしいのか、答えない。
しかし先程とは異なり、その顔からは少し強張りが抜けていた。
嬉しいなら笑えば良いのに。
俺なんて仕事終わって一人で晩酌してる時はずっとテレビを見て爆笑してるのにな。
店員の女の人も、切った甲斐があったのかどこか嬉しそうだ。
ひょっとして初めて人の優しさに触れたのだろうか。
まあそんなことは良いか。
「ありがとうございましたー、また来てくださいねー」
店員の見送りに俺ら二人は歩いて行く。
「次は服だな」
俺は、女の子の方をじっと見た。
俺の視線に気付いたのか、
「え……なに……?」
「ワンピースだなこれは」
「服は良いよ……別に着飾ってもしょうがないし……」
「女の子は着飾った方が良いんだよ」
俺は同じ並びに面していた服の絵が描かれた看板に導かれて、その小屋へと入った。
「いらっしゃいませー」
またも女の人が店員だ。
狭い店内に隙間なく、様々な服が吊るされている。
まるでクリーニング屋みたいだ。
俺は言う。
「この子に合うワンピース下さい」
「ワンピースですねー、分かりました」
店のとば口に立ち尽くし、女の子は奥まで足を踏み入れない。
居心地悪そうにやり過ごしてるのみだ。
すぐさま、店員がワンピースを持ってきた。
赤を基調としたワンピースに白い襟元と胸元に同じく白いリボン。丈は膝位までだろうか、裾にはピンクのフリフリが付いている。
可愛い系の服だ。
「これなんかはどうですか?」
「良いですね、これ下さい」
「2ギルになりますー」
安いな。
「はい」
俺は店員にお金を渡した。
するとなにやら店員が女の子の方を凝視している。
「私……こないだ靴を買ったんですけど、ちょっと足の形が合わなくて、よかったらサービスで差し上げましょうか?」
「本当ですか? 是非下さい!」
優しい店員さんだ。
「かしこまりました。ではお客様、こちらへどうぞ」
店員が女の子を奥の試着室に通す。
なんか、年の離れた妹が出来たみたいな心境だな。
しばらくして、店員と共に女の子が戻ってきた。
「おー」
似合ってる。
ふりふりのワンピースとちゃっかり黒ストッキングも貰ってる。
黒い靴も真新しいからか、艶めいてピカピカだ。
俺は思わず、
「良いとこのお嬢ちゃん感が出てるな」
「どういう意味……?」
冷めた目で女の子は俺にツッコむ。
ツッコめるようになってきた。
店員も苦笑いしている。
「この、ストッキングも良いんですか?」
「はい、サービスです」
店員のお姉さんは飛び切りの笑顔を返してくれる。
良い人だ。
「何から何までありがとうございます。また来ます」
「はーい、またいらして下さいね!」
俺の言葉に遅れて、
「……ありがとうございます」
女の子も控えめの声でお礼を言った。
店を出ると、さすがに腹が減ってきた。
結局、昼飯を食うの忘れたな。
「おーい、どうする? 飯でも食うか?」
「……アト」
「ん?」
「私の名前……」
「あぁ」
「ずっと呼びにくそうにしてたから……名前で良いよ」
アトは恥ずかしそうに、けれども懸命に俺に言う。
「じゃあ遠慮なく。アト、飯でも食うか?」
「うん」
アトと俺が並んで歩く。
辺りの木々が風に揺られる。
ジリジリとした夏の日差しがアトの艶めいた髪を照らす。
さて、とりあえず飯でも食うか。