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第1話 移転

「いやーしかし、佐藤君もついに結婚かー」

課長が感慨深い様子で呟いた。

「そうなんですよー、ちゃんと裏でやる事はやってたんで自分」

そう返した後、俺は生ビールを仰いだ。

都内の小さな居酒屋は、週末ともあってか混み合っている。

店員が忙しない様子で、店内を駆け巡る。

今日は課長と先輩と共に俺が担当している案件の客先への中間報告だった。

無事に打ち合わせを終えた後、課長から飲みに誘われたのだ。

「おい佐藤ー、ちょっと奥さんの写真でも見せてくれよ」

普段真面目な先輩が酔った勢いでか、そんな事を言ってくる。

「良いですけど、先輩の好みに合うか分かりませんよー」

「いやいや俺、女の子なら誰でも可愛く見えちゃうから。とはいえ、まぁ俺の奥さんには負けると思うけどな」

俺はおもむろに懐から携帯を出して、彼女との写真を先輩と課長に見せる。

「あーこっち系か」

「こっち系ってなんですかっ」

俺は笑う。

「佐藤がこっち系だとは思わなかったなー、課長はどう思いますか?」

「俺の奥さんの若い頃にそっくりだな」

課長のセリフに俺と先輩は声を合わせて笑った。

「すいません、ちょっとトイレへ……」

俺はお手洗いに向かう。

つり看板に案内されるがまま、店内を進む。

運良く、トイレの先約はなかった。

「あー、結構酔ったな」

出す物を出した後、俺は再度席へと戻った。

「おっ! 佐藤! やっと帰ってきた」

先輩が早速絡んできた。

「課長の子どもがゲームばかりやって、困ってるんだってよ」

先輩が充血した目で俺に話しかけてくる。

「何のゲームをされてるんですか?」

俺は課長に問いかけた。

「もっぱらSSだな」

俺はその言葉に即座に反応した。

「あー、SSはしょうがないですよ課長。僕も学生時代ハマりましたから、特にSS9なんて10回全クリしましたからね」

俺が急に饒舌になったのを先輩は見逃さずに、

「なんだよ佐藤ー、お前リザクエ派じゃないのかよー」

「僕はSSガチ勢なんで、厳密に言うとSS9ガチ勢なんで!」

「凄いな佐藤君、10回もやり込むなんて、よっぽど感動したんだな」

課長が意外そうな目で俺を見ている。

「まぁ……感動はしましたけど、なんて言うんすかね。どちらかというと現実を受け止められなかったというか、物語なんで終わりが来るんですけど、それが受け入れられなかったというか……」

「ん?」

怪訝な顔つきで課長と先輩が俺を見つめる。

「いえいえ、でも超面白いですよSS、息子さんがハマるのも無理ないくらいに」

「そんなにかー、なら仕方ないな!」

「佐藤ー、俺はリザクエの方が面白いと思うぞ!」





盛り上がっていた、飲み会も案外一軒めでスパッと終わり、21時には家に着いていた。

「あー、飲み過ぎたな」

風呂から上がりコップ一杯分の水を一気に仰ぐ。

今週は報告会の準備でハードだった為か、一気に睡魔が襲ってきた。

髪を乾かさなきゃいけないが、もう億劫だ。

明日は、あいつと午後から一緒に住む賃貸の内見の予約がある。

午後からだし、良いか。

風呂には入ったんだ。

今日はもう寝よう。

酔っ払っている事を免罪符に俺は悪いことをしてると思いつつも、ベッドに潜る。

あいつと一緒に住むようになってからは、こんなことはもう出来ないだろうな。

「だめだー眠い、おやすみ」

俺は勢いよく、照明を落とし眠りに落ちた。





「五行の石を世界樹へ、さすれば神は降臨す。五行の賢者を処刑せよ。さすれば神は祝福す。異行の石を封印せよ。さすれば神は祝福す」

ん……?

なんだよ、お経か?

「我ら選民、神の使い。我ら選民、解放の使者。新世界の神、その御身と共に」

うるせえな……。

俺はゆっくりと目を開ける。

「………」

目を覚ますと、見慣れない天井だった。

くすんだ、木で組まれた梁だ。

体も痛い。

理由はすぐに分かった。

俺は木の床の上で寝てたのだ。

体を起こす。

ごわつく違和感で気が付いた、どうやら俺は変な服を着ているようだ。

赤いパーカーの様な、コスプレで着るような趣味の悪い魔法使いが着てそうなローブを。

「なんだよこれ……」

辺りを見渡す。

俺と同じ格好をした者がもう一人座り込んでいる。

察するにここは昔、誰かが住んでいた民家の廃墟だろう。フローリングは所々抜け落ち、風化した天井は雨の染み黒く変色している。

何で俺がこんなところにいるのだろうか。

とりあえず、立ち上がる。

羽虫が耳の周りをしきりに過ぎりうっとうしい。

手で耳のあたりを払う。

「えっ……」

手の甲には、何やら紋章のような刺青が彫られていた。

そして、俺はこの刺青が何を意味しているかも知っていた。

「解放教会……」

ss9の設定だ。

なんでいきなり?

六芒星の魔法陣と中央にある竜の絵。

間違いなく、解放教会の選民の証だ。

それに、このローブも、そういえばゲームの末端信者が着ていた装いとそっくりだ。

けれど、何で俺が……。

俺は確かめようと思った。

「あのー、すいません」

部屋の端で俯いている、俺と同じ格好をした人に話しかけた。

「…………」

「あのー」

「五行の石を……」

「はい?」

「我ら選民……神の使い……」

このセリフは……。

SS9の祝詞だ。

ゲームでも末端信者は好んでこの祝詞を口にしていた。

末端信者とは、事あるごとに戦闘があり戦闘時必ずこの祝詞を口にするから、自然記憶に刻まれていた。

って、いや、会話にならねぇじゃん……。

俺はもう一度話かける。

「すいません、僕らは何でここにいるんですか?」

「…………」

答えない。

塞ぎ込んだまま、念仏のように祝詞を呟くだけだ。

答えないのなら……

俺は世界を確かめたく、この廃屋から飛び出した。

確かめなければならない。

軋む廊下の先に陽の光が見える。

俺はそこに飛び込んだ。

「どこだよ……ここ」

舗装のない街道に、生い茂る草木。

どうやらここはこじんまりとした丘になっているようで、

目下には、小さな村が見える。

村といっても、コンクリートで出来た建物は見当たらず、木々で組まれた家々があるだけだ。

丘の上の廃屋で俺は寝てたのだった。

どうすればいい?

あの同じ格好をした奴はどうする。

なによりも、これが夢なら早く醒めてくれないか。

なんて弱気な事も思ってしまう。

俺は空を見上げる。

太陽は変わらずにジリジリと俺を焼き付ける。

からっとはしているが、ここも暑い。

けれども、東京ほどでもないか。

なんて、呑気に考えていた矢先。

【村へ行け】

脳裏に直接声が入り込んでくる。

そして、強引に歩が進まされる。

「なんだよ……これ…」

逆らおうとしても、体が全く言う事を聞かない。

手の甲に、視線を向けると、刺青が赤く光っている。

「っ……」

嘘に思えるものの、信じる他ない。

確信せざるを得ない。

おそらく、ここはSS9の世界なのだろう。

この光景、ゲームで何度も目の当たりにした。

解放教会の上級司祭や枢機卿等の幹部は末端信者をこのように支配できるのだ。

体に刻ませた刺青を使って。

最悪だ。

マジで最悪だ。

俺は、勝手に動く体と共に、街道を下っていく。

「くそっ……」

意識が奪われそうになる。

【石の情報を集めろ】

脳裏にこの言葉が溢れてくる。

確かにそうだ、解放教会は五行の石を秘密裏に探していた。

末端信者にも調査させていたのか。

まぁゲームでもここまで描かれてないからなぁ。

丘を下ると、村に着いた。

村に着いた瞬間に、体の強張りが解れ、自由になった。

「調査は任せるってところか」

さて、どうしよう。

てかこんな村、ゲームの中にあったか?

記憶にねぇ。

丘上から見えた通り、村は木で組まれたバラック造りのような家々が立ち並び、路上には簡素ではあるが様々な店が連なっている。

人通りも少ないといえばそうだが、こんな村にしては多い方だろう。

「てか、俺よく考えたら金とか持ってんのか?」

俺は、ローブの懐に手を入れる。

おっ。

何やら硬貨の様な感触があり取り出す。

金色が4枚に銀色が7枚。

あと、もう片方の懐にも見慣れないお札があった。

意外に金は持っていたようだ。

どうやって、稼いだんだ?

奪ったのかな?

まぁ、あんまり深く考えても仕方ない。

とりあえず、飯でも食うか。

俺は飯屋を探す為に、路店の並びを歩いていく。

活気は悪くない。

すると、いきなり。

「半妖はいらねぇよ」

「格安だよ」

老婆と、恰幅のいい髭の男が話をしている。

「暴れられても怖ぇし、盗みとかされたらたまんねぇよ」

「なんだい、ならもう帰んな」

俺は、その老婆の方へ寄っていく。

老婆の傍には、ぼろぼろで薄汚れた衣を身につけた、虚ろな目をした少女がいた。

俺はなんとなく、放っておけずその老婆に話しかけた。

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