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プロローグ 邂逅

雷のような耳鳴りがずっと鳴り止まない。

少し気を失っていたのか。

目の前には火の海になった村の光景が広がっていた。

顔横から血が滴っているのが分かる。

衝撃で酷く頭をぶつけたようだ。

面前には火の粉が立ち上がっているのに、頬に触れる地面は不思議と冷たい。

村民のわめき声が重い鼓膜を震わす。

あいつは生きているのだろうか。

俺は懸命に重い身体を起こし、頭上を見上げた。

乾いた夏の夜風が背中をさらう。

空には、巨大な紋章の残光が刻まれている。

「大魔法……」

あぁ……思い出した……。

そう言う事か……。

これは、あの序盤のイベントか。

解放教会の魔法実験。

開発中だった大魔法がここで成功した事を証明したんだ。

そうか、俺はこの時の、あの不憫な名も無い敵キャラAに転移となっていたのか。

…………。

そうなると、俺の運命はもう決定してるな。

はは……。

やってらんねぇ……。

SS9は名作だけど、この雑魚キャラAたる俺の視点からしたら、この世界はとんだクソゲーだぜ。

普通、転移したキャラには何かしらの特殊能力を設けるもんだろ。

なんの能力も持たされてないなんて……。

「大成功だな……」

背後から、声が聞こえる。

コツコツと小気味良い革靴の音も合わさる。

くそ。

来たか。

俺は背後に目を向けた。

「おやおや、末端信者殿。これはこれはご苦労様です。足が折れてるではありませんか」

深紅の色をした趣味の悪いタキシードに身を包んで、顔にある教会員の証である紋章の刺青が印象的な男。

冥王、サイファー。

上級司祭の一人。

そして、俺を間も無く殺す奴。

サイファーが現れたという事はーー。

「何をしているっ!」

目の前には、俺からしたら見知った奴らがいた。

金髪ロングで出る所は出てる魔法使いのミリア。茶髪の立ち上げた髪が特徴的な王都一の斧使い、重騎士ハルク。

そして、

銀色の直毛が短く切り揃えられ、彫刻のように美形な男。

シワのない真っ白な詰襟を身にまとい、うっすらと線の細い体型が浮いて見える。

そう、この物語の主人公、シオン・カーヴァイン。

王都の新米憲兵。全ての属性を使役する異才。

しかし、その内は赤い瞳をした男への復讐心だけに突き動かされている存在。

「おやおや、憲兵様のお出迎えですか。随分と手厚い歓迎ですね」

サイファーは呑気な様子でシオンに語りかける。

「貴様がやったのか……? 趣味にしては少し遊びがすぎるな……」

シオンは淡々と話すが、その背中には殺気が満ちている。

「私は魔法陣を仕上げただけです。魔力は他の者が込めたのですよ」

「おい外道、殺す前にひとつ聞いておく。貴様らの中に左目が赤く染まった男はいるか」

「答えないと言ったら?」

サイファーは眉を吊り上げる。

「ぬかせ……答えさせてやるよ」

そう呟いた次、シオンは短く詠唱し、すると、腰に携えていた、剣を振るい、その斬撃が光の一閃となってサイファーへと襲い掛かる。

「コアグラ……」

と、サイファーが呟くと光の刃はサイファーの寸前で止まり、それは圧縮し、ならされ、消えた。

「若いですね。魔法に絶望が足りません。もっと絶望しなくてはなりませんよ。ほら、魔法とはこういうものです」

ついに、きたか……。

俺の体が勝手に宙に浮く。信者の証である赤いローブのフードがめくれる。

あぁ、もう終わりか。

俺の人生。

主人公が覚醒するイベントのかませ犬で終わりかよ。

未来が分かるほど悲しい事はないよな。

「お兄ちゃんっ!」

サイファーの魔法により身体を動かせない為、俺は懸命に目線を声のする方向へと向ける。

あぁ、あいつか。

良かった。生きていたのか。

「やめてっ!」

「だめよ!」

あいつが俺の元へと走り出そうとした為、ミリアが止めた。

「あなた! 見てわからないの! あの男も解放教会の一味よ」

「いやっ! お兄ちゃんは助けてくれたの!」

そんな言葉を聞いていたサイファーは笑う。

「なんだ……? 半端な妖魔の娘よ、この末端信者に情でもあるのか? 良い絶望の目をしている……、ならばこうしたらどうなる……? クク……」

サイファーが指先を弾く。

俺の四肢がありえない方向へと曲がろうとする。

とてつもない痛みが全身を巡る。

「…………っ……うっ……お……折れる……」

弾けるような嫌な音が身体の内側を走る。

おそらく関節が砕けた。

余りの痛みに、意識が飛びそうになる。

「あぁ……」

死ぬんだな、俺は。

周りが騒がしいが、自分の心臓の音で掻き消され上手く聞こえない。

俺が一体何したっていうんだよ。

結婚も控えていたのによ。

プロポーズもした後なのに、彼女に悪い事しちまったな。

はぁ……。

痛てぇ……。

この後、主人公は半覚醒して、七色の魔法を放つんだよな。

けれど、それもこれも俺が死んだ後の出来事。

俺にとっては関係ない事か……。

画面越しでこのイベントを見てた時は名も無き敵キャラAが死のうが、どうでも良かったけど、まさか、その死んじゃうキャラに俺がなっちゃうんだもんな。

どうでも良いのか、俺の死なんて。

どうでも良いよな、俺の死なんて。

自分が一番知ってるだろ、どうでも良い事だって。

ゲームの最序盤でのイベントなんて主人公かっけーさせるだけなんだから。

たったその為だけの俺の死なんだから。

たったその為だけに俺の28年間の生涯が終わるんだから。

固有名詞すらもたない、雑魚キャラAが死んだところで、だからなんだって話だ。

サイファーが笑っている。

「半端な妖魔の小娘よ。良い目だっ……! もっと絶望した瞳を私に向けてくれ……! こうするのだからっ!」

頭にまるで掴まれたかのような圧力が掛かるのが分かる。

不気味なほどにゆっくりとした視界の中、あいつの涙が見える。ミリアに腕を掴まれている。首が、背中が、腰が、よじれていく。

頭蓋骨からみしみしと軋む音が聞こえる。

あぁ……死ぬんだな。

夏の高すぎる夜空には、雲ひとつ見当たらない。

燦々と星々が瞬いている。

乾いた夏風が頬を撫でる。

刹那だった。

視界が反転し、

そして最後に見えたのはぐちゃぐちゃになった自分の身体だった。

世界が暗くなっていく中、ふと気がついた。

それが、いつからだったのかは分からない。

俺の鼓膜の最奥で、

雷のような耳鳴りがずっと鳴り止まないんだ。

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