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須臾、瞬息、弾指  作者: 宇佐見レー
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第三話『助けて、助けられて』

うーん、遅れてしまい申し訳ありません。

第三話で終わりのつもりでしたが、投稿できず結局前編と後編に分ける事にしました。

できるだけ頑張って明日投稿できるようにします。


 足を動かせば動かすほど、心も伴って強く早く鼓動する。

 沈みかけた太陽が作り上げる夕焼け空は、一日という時間の終わりを告げている。嫌な予感が、焦燥となると足元から手を差し伸べるように這い寄ってくる、思考も儘ならない。

 行き交う人の視線など、気にしていられない。

 カフェから病院までは、そう時間はかからないが、たった一つのことに支配されてる俺の頭は、心は、俺自身の信念のように時間を閉じ込めさせる。

 行き交う人々、走る車、流れてるはずの景色を、絵のように、写真のように、その一瞬を誰もが理解できるよう綺麗に華麗に。

 パラパラとページを送れば、やっとの思いで進む、そんな感覚。

 早く行かなくてはいけないのに行ってしまえば後悔しそうな気もする。その中、唯一嫌な予感と焦燥以外、彼女の言葉がよぎった。

 書く作品全て通らず連載もできず、最初のうちは読者もいたネット小説の更新、ただただゲームシナリオを書き、僅かな報酬を得て、でも満足できなくてもどかしく作品を書き続けていた時の、台詞。

『私がこうやって絵を描くきっかけをくれたラノベ作家の方がいるんです!』

 星の数いる作家の中で、彼女は言った。

『れんさみう先生の約束と魔物、あの作品と出会えなければ私は……』

 言葉もそうだったが、彼女の態度も心の底から感謝をしている様子だった。

……助けただけじゃない。その瞬間、俺は助けられた、救われた。

 否定しかけていた自分を、楽しさはあっても結果が共わない悪あがきで書き続けていたのが、報われた。

 かつて会社を辞めた時のような爽快感があった。心にペースト状に塗りたくられて、乾いてパリパリになった膜が、剥がれた感じ。

 体の奥深くが熱く燃え、熱湯のような血液が足先から頭の先まで全身を回る。暗かった視界が明るく、どこまでも見渡す千里眼を得た気分だった。

 もしかしたら、そこまでするのはおかしいのかもしれない。

 たった一週間と少し話したくらいで、彼女の活動を理解しているくらいで、見知らぬ少女の見舞いなど理解されないかもしれない。

――――だが助けられたのなら、感謝は示さねば。

 いくらみっともなかろうが、自分が自分であることを! 

「葉牡谷命さんの病室は!?」

 永遠のように感じていた、紙芝居調の世界はいつの間にか元に戻っていた。

 ある『決心』を胸に、受付にいた職員へ彼女の病室を問う。

「え?いやっ、あ、あの……三階の一号室ですけど……」

「ありがとうございます!!」

 面会可能時間まであとわずか、職員は俺の勢いに圧され、答えてくれたが、ギリギリの時間だ。断られてもおかしくないだろう。

 後ろでは先輩職員に怒られている声が聞こえてきた……後で謝っておこう。

 病院ということもあって急ぎ足でエレベーターへ向かう。だが見れば二つとも三階にある。しかも運が悪い事に丁度上へ向かっていったようだ。

「クソッ」

 拭った額からはとめどなく汗が吹き出してきて、背中はシャワーを浴びたか? と自分で不思議になるほど。

 整えていた呼吸も、隣接する非常階段を一息で上り切る覚悟のため……

「よしッ」

 酸素一杯の肺、一段飛ばしで階段を上がっていく。けれど流石に一息だけで三階は厳しかった。

 まだ年齢では若いが日頃の運動不足と未だに脇に挟んだままのノートパソコンのせいで、二階の踊り場までが限界だった。

「だ、大丈夫ですか……?」

「ハッ……ハッ……だ、だいじょ、ぶですッ」

 三階から二階へ下る看護師が、肩を揺らし犬か過呼吸かと思えるほど荒い呼吸をする俺を見て、酷く心配そうに声をかけてくれたが、断って震える足を根性で進ませる。

「ん……ぐ……」

 学生時代とを比べてしまい、どれだけ運動してないのかが見えて、心が折れかかったがやっとの思いで三階へ辿りつく。

 病室へ続く通路へ出て、入院患者や看護師から怪訝そうな顔をされるものの、三階の一号室という事もあり、エレベーター、非常階段に近かった。

 通路へ出た時点で彼女の病室を確認し、ハリネズミのようなぼさぼさ髪、濡れた額に顎を滴る汗、乱れた服と限界を迎えた足腰――深く落ち着いた深呼吸で肩を静まらせ、汗をそう言えば持っていたハンカチで拭き取り、病室の扉の前に立つ。

 隅々まで自分のことながらなんの洒落っ気もないシャツとジーパンに嫌気が差しそうになるが、いまさらだ。

 意を決し、個室らしい扉の取っ手を握ったところで、病室内から二人以上の話声が聞こえてきた。

 それほど大きな声ではない。それに個室というだけあって聞こえにくいものの耳を澄ませば微かにわかった。

「あなたはどうして言うことを聞いてくれないの!?」

 一人は、少しだけヒステリックだ。彼女の声に似ている気がしたが、おそらく違う。

「絵を描くなど……お前の人生が無駄になりかねんぞ!」

 男性と思われる声は、語気は強いが何かしらを知っているからこその諭すような口調である。

「知ってるでしょう!?お父さんと叔母さんの話をっ!」

「お、叔母さんは失敗なんか……」

「わかってないわ!あの子は大きな企業の部長を、引き留められてたのに辞めたの!それの何が失敗じゃないのよ!!」

 女性の……いいや、母親らしき人のヒステリックが激しくなる。

「私たちも一生懸命説得したのに借金までして……今はいいわ。でもお客さんがいなくなったらどうするの!?後悔するのは自分だし、もう捨てた以前の自分には戻れないの!!」

……言っていることは、その通りだ。なんの間違いも無い。

 俺自身もかつて両親に言われた事がある。一番の幸せは……全うに働くことだと。

 ただ俺はそれを理解した上で作家になった。

 悩んだ回数は無限、現在もそうであるように自信もない。

 朝から晩まで働いて帰宅して見れる妻子の顔は、想像するまでもなく癒してくれるだろう。

 けど、俺には出世欲がなかった。

 お金にそこまで興味がなかった。

……そんな人間の将来など、全く想像がつかなかったのだ。

 そして、それが全てではないのだ。

 道は無数にある。木に枝葉が無数にあるように。

「……これだけ言っても理解しないのなら、父さんにだって考えがある」

 父親らしき人物の、冷静で、冷酷で、だが聞き分けのない子供へ語り掛ける、強く優しい声色が、聞こえてくる。

「あ、ま、まって」

 同時に、彼女の……葉牡谷命の、絶望に染まった声が響く。

「命、お前が描いていたこの湖の絵、今ここで破らせてもらう」

「――――やめてくださいッ!!」

 そう、叫んだのは、彼女ではない。

 かけていた手に力を入れ、叩きつけるように開けた俺が、駆けて転がるように入り、命よりも大切なノートパソコンを傍らに放ってベッドの上の彼女側から土下座をして、懇願する俺の声だった。



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