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須臾、瞬息、弾指  作者: 宇佐見レー
2/6

第一話の後編

次回更新は明日になります。

がんばります。

 宿泊先のホテルとは言え、テレビも付けずに執筆ばかりしてる俺は、身の回りの事にあまり興味がなかった。

 かの有名な会社の創設者の一人がそうしていたように、同じ服しか持っていない。

 服を選ぶ時間を捻出するくらいなら、パジャマ一つで執筆をしたいと思う。

 ただ良い事もあれば悪い事もある。

 テレビさえ見ないものだからその日の天気が分からない。そりゃネットなんかで見ればわかるが、それすら面倒だ。

 だから今日のように微妙な天気だと中々難しい。

「ま、いいか」

 幸いな事に、カフェとホテルは遠くなく、雨が降りそうな曇り方でもなかった。

 ロビーにいる従業員に会釈し、ノートパソコン片手に歩き出した。傍から見ればおかしな大人に見えるかもしれないが、楽しみなのは事実でそこに嘘をつく必要はない。

――――彼女と会えるからだ。

 いや、会える、というのは少し変態チックだろう。これも建前であり本心であるが彼女の絵を見れる、それだけでうきうきもの。

 一つ不安を挙げれば、とあるゲーム制作者との打ち合わせで、今日は既に昼を過ぎてしまっていることである。

「調べても出てこないからな……」

 あの女性の正体、俺は何度もネットに潜り込み探していた。けれど結果は毎回同じ、見つからない、だ。

 数多いる絵描きの中から特に上手く、有名な人物に絞って記憶と絵を見比べても、そうだ、と確信する人物はおらず、もしやと漫画家や画家の方で探せど一致せず、行き着いた結論はここでしか見れない、伝説の誕生、として楽しみで仕方がないのだ。

 そうではないのだが、どこか彼女を独占してるような気がして、言わば自分しか知らない穴場を見つけた感覚が気分がいい。

 だから今日もあのカフェを訪れる、観光地、避暑地としても有名な場所など目に留まらず一心不乱に。

「こんにちは」

 着いたカフェに入り、なんでもない挨拶をする。

 店主がそれに気付くと、俺の『目的』を知っているようにニヤニヤしながら言う。接客業をする人がしていい顔じゃない気もするが、常連でそんな事ができる仲なのは認めるしかない。

「あら、今日は遅いから来ないと思いました」

 顔だけじゃなく、軽口も、だな。

「俺はここ好きですから、仕事で遅くなっただけです」

「ちなみになんで好きなんです?」

 わかった上での質問、この人も中々暇なんだろう。事実それが理由でもある。

「人が少ないからです……あ、アイスコーヒーと日替わり軽食セットを」

 接客向けじゃない顔からその言葉を待っていたと言わんばかりに豪快に笑う店主、だが手元はプロらしく見ないまま注文を取っている。

「さ、席でごゆるりとお待ちください」

 ビジネススマイルに切り替えた店主の言葉に、俺はオープンテラスへと迷いなく足を進めた。

 開かれた引き戸からの爽やかな風に目を細め、昼下がり良くない空の下……彼女は、いた。

 この間のロングスカートとはまた違い、ボーイッシュさを曝け出した半袖のシャツにデニムのショートパンツ、露出された肌は普段から外に出ている活発さを表したように健康的な日焼けをしている。

 相も変わらず、イケメンと言っていい吊り目の彼女の意識は、絵へ注がれている。

 絵は、やはりどこか既視感があった。目の前に広がる湖をモチーフとしているのだから当たり前だが、違う。

 俺がここを訪れるよりも前、どこかでこれを見た気がするのだ。結局、調べてもそれらしいものは出てこなかったが。

「やるか」

 彼女の事も気になるが四六時中眼球開いて見る訳にも行かない、微かな名残惜しさを振り払うとパソコンを開き、絵ほど明確ではないが、故に想像力を働かせる文字へ向き直った。

 自分にはないものを、人間はうらやましがる。

――――時折アイスコーヒーでの小休憩と、昼とおやつ代わりの軽食で休憩を取りながら執筆を進める。たまに視線だけで彼女と絵を見て、進捗を確認しつつ心の中で応援する。

 数日前、初めて彼女を見た時よりも当然絵も完成に近づいている。ただ、まだ俺から声をかける勇気は出ない。

 代わりにせこいことをするようになった、例えばトイレに行くフリをして彼女の後ろをわざと通って絵をガッツリ見たりなど、言い訳としては俺がいつも座る席から彼女と彼女の絵は右斜めにあるが、光の加減では見えにくかったりするのだ。

 そうやって今日も何度目かのトイレのフリをしたら、彼女が傍らのテーブルへペンを置き、大きくため息を吐いた。

「あの」

 くるりとその場で回転し、丁度背後にいた俺を捉えるように向き、思惑通りと気の強そうな黒色の瞳で俺を真っすぐに捕らえた。

「ここ数日ずっと思ってたんですけど」

 彼女は俺が何かを言う前に、言葉を続ける。俺の頭の中は、嫌な予感で一杯だった。

 なぜなら昼過 ぎのカフェで友人でもない女性に話しかけられるなど、今のご時世人生の破滅を指し示していると言っていい。

 まさか痴漢冤罪にはならないと思うが、二度とこのお気に入りのカフェに来れなくなるかも……警察呼ばれるのも中々……

 と刹那に等しい思考を行っていると、素っ頓狂な声を上げそうになる言葉が彼女から飛び出て、聞き返してしまう。

「――え?あ、あのもういちど」

「だから!!見るのなら堂々と見てって言ってるんです」

 呆れたように言う女性、別に俺を責める文言ではなかった。

 言われたのは、見るな、とも、キモイ、とも違う。見るのなら『堂々』と。

 それを理解した瞬間、バレてないと思ってアホ面でトイレに立っていた自分があまりに恥ずかしくなる。全身の血液が熱を帯び顔に集結している感覚が明瞭に感じられそれを見られたくなくて要するに穴があれば入りたい。

 その様子の俺が、滑稽だったんだろう。彼女は小さく我慢できなかったように、だが繊細さが際立った笑みを浮かべた。

「ふふ」

 俺はどうすることもできず、立ち尽くすことしかできない。やがてそんな俺を見て彼女は答えてくれた。

「ごめんなさい、なぜか不安そうだったり恥ずかしがったりしていたので」

「えーと……た、楽しそうならよかったです?」

 その受け答えがまた面白かったらしく、行儀よく口元を抑えて彼女は笑う。

 普通、笑われるのは気分悪いものだが、今回はそもそも失礼なことをやっていたのは俺だし、例えそうでなかったとしても正面から彼女の顔を見れた時点で、大きくおつりが来るというものだ。

 けれど、流石に毎日見ているのを自らばらすのはよろしくない。ここは今日のことだけを謝ってうやむやに……

「も、申し訳ないです。今日来たらとても綺麗な絵を描いてらしたので――――」

「今日、なんて言わないでください。ここ数日私を見てたの、分かってましたよ?」

 怪しく口角を上げる女性。ボーイッシュな中に、ミステリアスが見える。

 彼女の言葉に人間驚くとほんとうに言葉が出なくなるものだ、と再認識した。かつて新人賞を受賞した時もそうだったのだ。

「ですが気にしてません。お兄さんもとんでもない集中力でパソコンと向き合ってて、なんか似てるなーと思ってましたから」

 ただ「トイレに行くフリして後ろを通るの、集中できません」と気の強そうな彼女からはあまり想像できない優しい苦笑で言われた。

 そこは確かに反省すべき点である。が彼女の言葉に疑問が一つ湧いた。

「俺の事も見てたんですか」

 彼女が俺を見ていたなんて、一つも気付けなかった。すると彼女は驚く俺に頭を下げ、申し訳なさそうに言う。

「そんなじろじろ見るつもりは無かったんですけど……ごめんなさい」

 深々とした謝罪に、それに対して謝られてしまうと、俺は土下座をしなくてはならなくなるので急いで頭を上げさせ、話が続くように話題を変えて、

「い、いえいえ!私の方こそごめんなさいですから!気にしないでください。そ、それより何を描いてるんですか?」

 彼女の背後で画架に立てかけられたスケッチブックへ視線を移した。

 彼女は一瞬だけ一瞥し、右手の人差し指と親指で顎を覆うように触れ、何かを考える素振りを見せた後、不公平なのでと最初に付け加え言った。

「私が何をやっているのかはバレていますが、貴方が誰なのか、何をしているのか分からないです。なので先に私からの質問に答えてください」

 まあ全う……?である彼女の言葉、俺も彼女の名前は知らない、と突っ込もうとするが、

「ちなみに、私は葉牡谷命です。名字でも名前でもどちらでも」

 先読みしたように阻まれてしまう。

……仕方がない、作家である名義は諸事情で教えられないが、作家だという事は伝えても大丈夫なはず。

「ええと、葉牡谷、さん。俺は宇佐見蓮と言います。いちおう、仕事は作家と呼ばれるものです」

「作家ですか!?」

「い、いちおうですが」

 吊り目気味の目を見開く葉牡丹さんがズズイッ、と体を乗り出すような形で俺に迫る。

 その勢いとキラキラとした目に圧され、一歩二歩下がってしまうが、下がれば彼女もまた、こちらへ歩み寄ってくる。

「ど、どうかしました……?」

 俺は両手を前に出し、彼女に触れるか触れないか、これ以上は近づけないようにして問いかけた。だがその質問は彼女からすれば待っていたものだったらしく、ボーイッシュさもミステリアスさの欠片も無く、嬉々として答えてくれた。

「私がこうやって絵を描くきっかけをくれたラノベ作家の方がいるんです!」

「へ、へぇ」

……俺は微妙な顔しかできない。

 それは、俺自身がラノベ作家であることも原因の一つだ。やはり先達の作品というのは面白いものばかりだ。

 俺なんかが書くものよりも全然、しかも俺は今連載すらできていない状況だ。

 嫉妬、羨望あれど、全て自分の責任であることが理解できているからこそ、辛い。作家であることを告げるとこういう話と出会う確率は低くない、ここはやり過ごすのが一番のはず。

 歓喜する彼女のテンションを害さないよう、精一杯の愛想笑いを浮かべ、話に集中する。

「れんさみう先生の約束と魔物、あの作品と出会えなければ私は……」

 最後の最後、僅かに顔を曇らせる彼女だが、それよりも開いた口が塞がらない状態であった俺は、思わず聞き返した。

「今、なんて言いました?」

「……え?れんさみう先生の約束と魔物に出会わなければと……どうか、しました?」

「い、いえ……」

 彼女の絵を見た時にあった違和感を思い出し、ストン、と腑に落ちた。

 彼女が描いている絵は私が書いた作品の中の、ワンシーンなのだ。

 すっかり忘れていた。自分が書いた作品だというのに、言い訳があるとすればそのシーンは挿絵などない言葉だけで描写した部分……それも、力をいれた渾身とも言える部分の一つだった。

 言霊という迷信を信じ、人を変える力がある筈と……現実であれば須臾ほどの時間の重なりでしかないそれを、閉じ込めようとしたシーン。

 この場所にモチーフはない。ただただ旅途中の美しいエルフの水浴びを書いたもの。

 最初、私の問いかけと狼狽した姿に小首をかしげていた葉牡谷さんだが、自分の絵に向き直ると、切り替えてこれだけの才能を持ちながらまるで才能などないその作家へ、憧れているような口調で言う。

「言葉って難しくて、だけど不思議な力がある。この先生はそれを理解した上で、この舞台ではなんでもないような光景を、表現しようと……いいえ、たぶん、閉じ込めようとしてて」

 俺は――問いかけた、なんでそう思ったのか。

「描写にメリハリがあるんです。悪く言えばまるで手を抜いている場所があったり、細かい人の所作から呼吸、現在の状況から背景まで長々と書くからです。表現というよりも、その場面を写真や絵のようにしたい、そんな感じがするんです」

 興奮気味の彼女は、まだ続ける。

「あ、でも表現は表現なんです。ただ言葉を羅列してるだけじゃなく、描写すべき順序を理解した上でこと細かく書くんです」

 口がよく回り、まるで子供が新しいおもちゃを振り回すような様子。けどその表情はすぐに曇っていく。

 なんとなく、理由はわかっていた。

「……どうしたんです?」

「それ以降、本を出されていないんです。仕方なく他の作家さんのを読んでも、滅多に先生みたいに『私の作品を読め』みたいな作品はなくて――でも、待つんですけどね」

 女性は笑う。視線の先には絵がある。

「私は、絵を描くきっかけを作ってくれた先生に、有名になってお礼を言いたいんです。同時にこの絵はあなたの作品の中の場面の一つです、とも」

 俺は、後ろめたさ、嬉しさ、搔き回される心にひたすら翻弄されつづけていた。

 夢見心地のような気もするが、自分が連載できていないのは事実であり、どういったように答えればいいのか、思案していた。

 必死に自分を鼓舞し、座り込んでいた足を奮い立たせ、ファンとなってくれた彼女へ視線をむけ、

「じ、実は俺もれんさみう先生知ってまして……」

 事実を言うわけにもいかず、そう言った。俺は、自己評価が低いのを自覚してるし、好きな本の作家には、自分の理想を押し付けてしまうのがファンというものだ。

 御託を並べたが、そもそも、彼女をがっかりさせたくなかった。

 すると葉牡谷さんは一瞬間を開けて、叫ぶように答えた。

「ええええ!!本当ですか!?」

 あまりに大きな声で、人差し指を立てて静かにとジェスチャーするものの、周囲を見ればもう人の姿はない。

 どうやら彼女も閉店時間が迫ってることに気付いた上で声を張っていたようで、お構いなしに続ける。

「作家さんなら知ってるんじゃないんですか!れんさみう先生のこと!」

「いや、あの先生は完全に覆面作家としてやってるからわからないんです。他の作家ともあまり交流がないみたいで」

「そうなんですか……」とわかりやすいほど落ち込む彼女も、また美人で見惚れてしまう。

 どうにか正気に戻れたのは、店主の声のおかげだった。

「みことー、そろそろ五時半だから帰りなさい。姉さんたち帰ってきちゃうから」

 ハッとした葉牡谷さんは、わかりやすくやばい、という顔をして帰り支度を始めだし、申し訳なさそうに言う。

「ごめんなさい!ちょっともう帰らないと」

「あ、気にしないでください。俺ももう帰らなくちゃいけなかったから」

 真っ暗になっていたパソコンの画面を点けて見れば、確かに五時半であった。

 どうやら彼女の親御さんが関係しているようだが……あの気が強そうで同じ同性から特にモテそうな彼女が、額に玉のような汗を浮かべ、ドタバタとせわしなくカフェを後にしていく。

 しばらく呆然としていたら、

「お会計、しますか?」

 またもや店主に声をかけられ、現実へ戻ってきた。

「お、お願いします」

 パソコンを脇に挟み、レジ前まで行って財布を取り出す。

 どうやら、俺達二人の様子を見ていたらしい店主が、世間話程度に話してくれた。

「私、あの子の叔母なんですが、両親が……姉夫婦が凄く厳しい人なんです」

「へぇ」

 なるほど、と心の中で頷く。言えば箱入り娘ってやつだ。

「来年高校卒業なんですけど、イラストレーターになるっていうのを両親に反対されてまして、ここ最近あんなに楽しそうに喜ぶ顔見たの、久しぶりなんです」

「俺なんかでよければ……え?高校卒業?」

「はい、受験生ですよ。言ってませんでしたか?」

「――――!?」


 驚愕愕然。

 あんなに大人っぽかったからすっかり大学生辺りだと思い込んでいた俺は、文字通り驚いた。

 流石に顔に出す事はしなかったが、そこからホテルまでどうやって帰ったからまるで記憶になかった。

 というか高校生であれだけの才能を持って、しかも容姿も整っているなんて。

……いや、容姿だとかはどうでもいい。

 俺が惹かれたのは事実だが、あの才能はどうにか潰させたくない。

――――俺はいくつか湧いた疑問を頭の中で整理しながら、翌日彼女と会える事を願った。

 恋は、流石に無理だろうが、俺と違い、抜群の才能を持った彼女を応援だけはしたい、と。

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