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須臾、瞬息、弾指  作者: 宇佐見レー
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第一話『女子高生』

スライムの方もちゃんと投稿します。

この作品はちょっと思いついたので書きます。

多分一週間から二週間ほどで終わります、短いので頑張ります。

 高校卒業後、取得した資格なんて無視して、やりたい事なんてできなくて、全く関係無い仕事へ就いた。

 朝早く目が覚め、ネクタイを締めスーツを着る。憂鬱さは車内に響く好きな曲が、紛らわせた。

 信号が赤になる度に、薄く延ばしたはずの憂鬱が厚みを増す。

 延ばしても延ばしても延ばしても、会社に近づけば近づくほど自分の心を薄くなって覆っていた憂鬱さは永久凍土のように溶けぬまま固まる、たった数日重ねるだけで厚くなっていく。

 初任給、多くの同期が喜ぶ中、俺は何一つ喜べなかった。

 少ないだとか、残業代が含まれて無いとか。違う、ただ喜べなかった。自分の心にぽっかりと穴が空いているのか、お金を手にしても何一つ嬉しくなかった。

 そのうち、辞めようかと思う。

 自分の心に延ばし続けた憂鬱さは、お金を手にしたところで剥がれない事に気付き、帰路につく車内で呟く、意味を為さない、と。

 そして、翌月になる頃には、憂鬱は後悔へと切り替わっていた。

 仕事中、過る。自分は何を得ているのか。楽しくも面白くも無い作業を続け、給料を得たところで何も感じない。

……やがて思い至る。

 作家になりたかった。

 迷信じみた言霊を体現させるような、言葉一つ一つに乗る力が人の想像力を活発にさせ、微かに見えた一瞬を閉じ込めた絵や写真を超える、そんな憧れた作家に。

 行動は早かった。

 やりたい事がある、そう上司に告げて辞表を出す。

――会社を辞めたその日、引き伸ばし誤魔化していた憂鬱な後悔は、ひな鳥が殻を破くように壊れていった。

 同時に、向かうのも、帰るのも億劫だった会社をたった一歩出た時『自由』である事の本質を、知った気もした。

 足取りは軽く、日中のドライブは、どこまでも行けるような気がして、どこまでも走った。


 四年後、ようやくスタート地点に立てた俺は、だがその場所に留まっていた。

 フリーランスでゲームのシナリオ制作や、受賞作の微かな印税、受賞した時の雀の涙ほどの賞金、他にも微々たるものだがどうにか作家として活動していた。

 けれど新しい作品が連載される事は、無い。

 どれだけ担当さんに見せようが、次に進まない。

――――スタート地点で立ち尽くしているのだ。

 前に進む事もできず、ただ、進む者達の背中を眺めている……才能というのは残酷だと……だが足掻く事はやめていない。

「お兄さん、片づけても大丈夫ですか」

 不意の声に、入り込んでいた意識が現実に向き、画面にロックをかける。

「あ、お願いします。それとアイスコーヒーのおかわりを……」

 このカフェの店主である三十代くらいの女性が営業スマイルを浮かべ、おやつ代わりの軽食があった皿を持っていく。

 軽く会釈をしつつ、ノートパソコンの画面に映る時計を見れば、数十分経っているではないか、集中しすぎるのも問題だ。肩、首、腰が疲れ始めている。

「ふう」

 同じ姿勢で長くいるため、固まった肩周りの筋肉やら関節やら解そうと回し、小気味いい音が鳴る。あまり良いほぐし方ではないが。

 血流が足元で留まり続けるのは、健康的にも執筆的にもよろしくない、俺は面倒くささを振り払い、疎らに人がいるウッドデッキのオープンテラスを見渡すように立ち上がる。

「……」

 まず目につくのは、このカフェが曇りでも雨でも、幻想的な姿となる雄大な山々に囲まれた、湖の畔にあるという事実。

 風が凪げば遠く木々が揺れ、次に穏やかに水面へ模様を作り、軋むウッドデッキのオープンテラス。

 町の喧騒はそれほど聞こえず、この景色に誇りを持っているのがわかった。

 そんな景色の中、一人の客が目に入る――――軽食片手に休憩していた時は見えなかった後ろ姿。

 このオープンテラスで最も湖と山を眺望できる場所を陣取り、画架とスケッチブックとにらみ合いを繰り広げている、十九くらいの女性。

 切れ長な、女性に好かれる女性のようなかっこいい目元、スラリと高い身長でクリーム色のブラウスに黒いロングスカートは似合っている。

 短めの髪がそれでも邪魔だったか、左耳にかけた。その所作も、その手も、沈みかけた陽に煌く湖はあまりにも小説の中の人物のようで、心の中で何かが弾けた。

 その感覚は、かつて自分が作家になる事を夢とした、あの作品との出会いのよう。

「あ……」

 思わず声が出たが、続かない。彼女の、スケッチブックが見えてしまったのだ。

 真っ白だった世界に、眼前と瓜二つ写真のように写された湖の美しい風景画。

 だが違いはある。人の手が加えられていないのだ。彼女が描く絵は原風景そのままを映している。

 雑多な建造物も鉄の塊も無く、馬のいななき、鳥の囀り、狼の遠吠え、そして全てを攫う山間一陣の風という幻想が、現実では見えないモノが、五感を刺激した。

 この湖の、この畔をモチーフとしてるのだろう。

 そしてその原風景の中、際立って映る『人物』がいた。

 誰もが想像する、秋を思い起こす金色の髪に透き通った肌、長く尖った耳……その湖の中心で水浴びをするエルフの少女だ。

 人の気配など見えない初夏の新緑、エルフの少女の姿が鮮やかに映っている。俺はその景色をどこかで見たような気がして「あの」と詰まった言葉がようやく絞れた。が彼女は反応しない。

 絵と指先に集中していて、気付いていないのだ。今一度、女性に声をかけようと立ち上がり、

「お待たせしました」

 運悪くアイスコーヒーが到着した。

 笑顔と会釈後、彼女を一瞥して戻っていく店主にどうやら許可は取っているらしい、見れば女性の手の届くところにテーブルとアイスコーヒーが置かれている。

「……」

 話しかける機会を失ってしまい暫しどうしようか思案。結論は、急がば回れ、だ。

 このご時世、急に若い女性に声かけしてあらぬ疑いをかけられてもしょうがない、まだ『時間』はあるのだから数日ほど様子見しよう。

「さ、やるか」

 時間が映し出される電子画面に視線を向け、キーボードを叩き、まだ薄まり切っていないアイスコーヒーを一口、文字の海へ意識を落とした。


 ちらと此方を見やる、彼女の瞳には気付かず。


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