【閑話】俺の歓迎会
シェアハウスに入居した日の翌週末、俺の歓迎会が開かれた。
歓迎会といっても、中里力作の、いつもよりちょっと贅沢な夕飯をシェアハウスの住人全員で一緒に食べる、といったものだと聞いた。
夕飯が出来上がるのを待つ間、リビングで待つことにした。本当は部屋で待っていたいが、俺の歓迎会だというのだ。さすがにそれがまずいということは引きニートの俺でもわかる。
「野口さん、改めてよろしくお願いしますね」
穏やかな口調で話しかけてきたのは古沢和也である。彼はシングルファーザーであり、なんと俺より年下の青年だ。穏やかな雰囲気で、いかにも優しそうな風貌である。小学二年生の和樹はその息子である。俺より若い人間が小学生の父親である、という事実は、俺の頬を大いにひくつかせた。
彼らとは初日に軽く挨拶を済ませていた。
「あ、よろしくお願いします」
ペコペコと頭を下げると、俺をじっと見上げる子供と目が合う。
「あ……和樹くんも、よろしく」
「うん。おじさんよろしくな!」
俺はこの子供におじさん扱いをされている。大いに不満であるが、和樹の父親より年上だと知って諦めた。こいつから見たらおじさんでしかないのだろう。
「おう。君が野口くんか」
次に声をかけてきたのは初めて見る男だった。浅黒くて大柄。彫りが深めな顔をしており、圧を感じる。歳は俺より上だろう。三十代後半から四十代前半といったところか。とりあえず、苦手だ、と思った。
「……はい」
ビクビクしながらも返事をする。
「おいおい。そんなビビんなよ。傷つくだろう」
やはり苦手である。
「俺のせいで歓迎会遅れて悪かったな。坂崎豊だ。トラックのドライバーをやってる」
「いえ……よろしくお願いします」
「よろしくしたくなさそうに見えるけどな?」
坂崎はニヤニヤしながら距離を詰めてくる。
もうやだこわい。こんなんチンピラじゃねえか。
「ま、そんな怖がらねぇでくれ。取って食いやしねぇからよ。よろしくな」
坂崎は笑いながら俺の頭をくしゃりと一撫でしてからソファに座る。
この人はダメだ、苦手だ。できる限り近づかないようにしよう、と決意する。
ソファからすすす、と少し距離を取っていると、玄関のドアが開く音と、バタバタと慌ただしい音が聞こえてくる。
そして、その音の発生源がリビングに近づいてくる。
「遅刻? 遅刻かな? すいません!」
リビングに入ってきたのは二十代そこそこと思しき若者だった。肌の白さと細さに親近感を覚える。
彼に会うのも初めてだった。
「あ、野口さんですか? 俺、松永智幸です。大学三年生です。よろしくお願いします」
松永は人懐こそうな笑顔を浮かべる。その笑顔にコミュ力を感じる。
あ、全然親近感覚えねぇわ。
「……野口です、よろしくお願いします」
「おっ。全員揃ってんな」
松永に挨拶を返したところで中里がリビングに入ってきた。どうやら夕飯の準備ができたようだ。
「全員座るとテーブルギッチギチだけどな。たまにはいいな」
ダイニングテーブルの上には思っていた以上に豪華な食事が並んでいた。
ローストビーフまである……。
「さすが中里くんだなぁ。どれもうまそうだ」
坂崎が褒めると古沢や松永もそれに続く。
俺は褒めるタイミングを失う。
「今日は歓迎会だからな。久し振りに気合入れて作ってみたんだ。どうだ、野口さん」
「あ……思っていた以上で……美味しそうです」
「そりゃよかった」
話を振られて、やっと感想を言えた。歓迎会なんて余計なことをと思っていたが、こんなに美味しそうなご飯が食べられるなら悪くない。
実際、中里の渾身の力作はどれも美味しかった。
住人たちが会話するのに適度に相槌を打ちながら黙々と食べる。
「野口くん、主役なのに静かすぎねぇか」
せっかく気配を消していたのに坂崎に話を振られる。放っておいてくれ、と思うが、チンピラにそんなこと言えるわけがない。
「あ……食べるのに夢中になってしまって……」
「そう言われると頑張った甲斐があるな」
中里は嬉しそうだ。
「まぁいいけどよ。歓迎会なのに自己紹介もなしか?」
自己紹介だと? 本気で勘弁してくれ。
坂崎の地獄のような提案に変な汗が出てくる。
「そんなはしゃぐようなメンバーじゃねえと思ってたんだが」
中里が困ったように言う。
「それもそうかぁ。ま、俺はここに帰ってこないことの方が多いが、よろしく頼むよ」
自己紹介せずに済むことになりほっとする。
「こちらこそ……」
返事をすると、坂崎は一つゆっくりと頷いた。
その後は各々食事を楽しんでいた。
「あっちの食べたいー」
「はいはい和樹、ちょっと待ってね」
古沢親子はほのぼのとした様子でご飯を楽しんでいるようだ。
「うぇー……中里さぁん……ピラフにグリーンピース入ってるぅ」
「それぐらい食え。食えねぇもんは入ってねぇ」
松永はマイペースに食事を楽しみつつ苦手らしいグリーンピースを端っこに避けている。
中里は呆れながらもそれを止めない。
「あー……酒が飲みたくなるなぁ」
「ダメですよ坂崎さん。さっき明日もトラック運転するって言っていたじゃないですか」
坂崎はローストビーフをつまみつつ、酒を欲しがっている。
古沢がそれを嗜める。
住人たちのやりとりを見て、結構仲良いんだなあ、と意外な気持ちで眺める。
もっと、それぞれ好き勝手に生活している、という感じを予想していた。プライベートには立ち入らないルールだと聞いていたから尚更。
でもきっと、俺はこの輪の中に入らないんだろうな、と思う。別に入りたくもねえけど。
腹が膨れたのでふぅ、と一息つく。
子供は嫌いだ。俺より年下なのに子供がいてしっかりした青年は劣等感を覚えるから関わりたくない。チンピラなんてもってのほかだ。大学生も若くてやっぱり劣等感を覚えるから近付きたくない。
管理人はなんか目つき悪くて怖いから嫌だ。
いいんだ、俺は。このままで。