俺、スタート地点に立つ
短いです。
そして、面接の日がやってきた。
俺は前回の面接の経験から、引きニート期間のことを聞かれることを覚悟していた。
前回の面接では、聞かれたことを曖昧に誤魔化してしまった。けれど、誤魔化したところで大学を中退して仕事もせずに引きこもっていた事実は変わらないし、そんなことは相手にもお見通しだろう。
だったら、何もかも正直に話そう、と思った。その上で働きたいのだと、機会が欲しいのだと伝えようと思った。
以前の俺なら考えられないことだ。引きニートしていたことを言うなんて恥だと、見栄を張っていただろう。実際に前回の面接では言えなかったのだから。
でも。
頭に浮かぶのは坂崎と中里だ。二人とも、俺を心配してくれた。現実を教えてくれた。三十五にもなってどうしようもない俺のことを、二人は見捨てなかった。
俺は、見栄もプライドもバキバキに折られたからこそ、二人の言葉を受け入れられた。
変わりたい。変わらないといけない。
面接は、前回とは比べ物にならないくらいスムーズだった。
十五年間引きこもっていたことを説明した時は難しい顔をされたけれど、自分の弱さに気付いてこれから変わりたいことを伝えたら、満足そうな顔をしてもらえた。
微かな手応えを胸に、シェアハウスへ戻る。
「おかえり野口さん」
坂崎と話してから、再び中里の顔を見られるようになった。そんな俺を見て、ほっとした顔の中里を見たとき、堪らなく申し訳ない気持ちになった。
「ただいま」
まだ、笑顔で挨拶はできない。気の利いたことだって言えない。いきなり大きく変わることはできない。けれど、前よりは少し大きな声で挨拶をした。
「今日面接だったのか。お疲れさん」
中里はそれだけ言って台所へ入って行った。そろそろ夕飯の準備を始めるのだろう。
俺は少しだけ前進した満足感を胸に自室に戻った。
数日後、採用の連絡を貰った。
認めてもらえたようで、俺が必要だと言われているようで、泣きそうになった。この気持ちをなんと表現したらいいのだろうか。
ありがとう、ありがとう。
俺は誰にともなく、感謝をした。
その日の夜、ご飯を食べながら中里に就職が決まったことを話したら、一言「よかったな」と言われた。俺が小さくありがとう、と呟くと、「俺はなんもしてねえ」と笑われた。
十五年間足踏みし続けてきて、やっと一歩前進した。家を放り出されたとき、俺は母親に腹を立てていた。母親の思いを聞いた後も、心のどこかでそうはいってももっと別のやり方があったのではと思っていた。けれど、俺に一歩踏み出させるためには、この手段しかなかった。俺は一度粉々に砕けないと、現実を、自分を見つめることができなかったのだから。
たったの一歩だけれど、この十五年間俺はこのたった一歩すら足を踏み出すことができなかったのだ。この一歩をしっかり踏み締めて、次の一歩を踏み出そう。
仕事が決まって終わりじゃない。ここが、スタートなんだ。