#19なんで聖女?
お久しぶりです。
「この国へ、いやこの世界へよく来てくださいました!偉大なる聖女様!」
「………はい?」
神殿であたしの身に起こったことはこの国にとっても大事件だったみたいで、報告しないといけないということになった。
そういうわけであたしは神殿から出たそのままの足でこの部屋に連れてこられ、そして目の前の男が放ったセリフに呆れ顔をしているわけなんだけれども。
…いけない、頭がフリーズして変に説明口調になっちゃったわ。
ちなみにあたしが今どこにいるのかというと、この国の王太子の執務室らしい。
つまり男のあたしにこんな素っ頓狂なことを言い放ったこの男はこの国の王太子なわけで…。
国の次期トップが男に対して聖[女]って…この国大丈夫かしら…。
「あぁ!失礼しました!偉大なる聖女に自己紹介もせずに話しかけるなど…。私はこの国の王太子、名を【サイラス・ラ・シンイキ】と言います。」
「あ、松村晃です。っていやいや、あたし男なんですけど。なんで聖[女]?」
「この国では神と言葉を交わしたものは聖女と呼ぶのです。と言っても貴方様以前に聖女様は一人しか現れていませんが…。」
王太子は軽薄そうな顔に似合わない酷く丁寧な言葉づかいで話す。
…さっきから妙に癪に障るのよね、この話し方。なんていうか演技臭いっていうか…普段からこの話し方なのかしら?
それとも……?
そんなことを考えながら王太子に話しかける。
「じゃあ、あたしが二人目ってことですか?それだったら聖女って呼び名じゃなくてもいいんじゃ…?」
「いえ…やはり民は『聖女』というものに対して強い信仰がありますからね。やはり、聖女とお呼びするほかないかと!…その中身がどうであれ。」
王太子は仰々しくあたしの質問に答えながら最後にぼそっとつぶやいた。
おそらくはあたしに聞こえないように言ったのかもしれないけれど、あたし耳がいいから普通に聞き取れたわ。
…いや、別に聞かれてもいいってことなのかしらね。
「中身…?」
「あぁ、聞こえてしまいましたか?いえ、特に他意はありませんよ。貴方様が男性でも女性でも変わらず『聖女』という扱いになるというだけです。」
そう言って王太子はクスリと笑った。
――ああ、そういう事ね。なんでか知らないけど、この男はあたしを嫌ってる。
こういう笑い方、『あっち』の世界にいたときにも何回か見たわ。嫌いな者を遠くから蔑むような、そんな笑い方。この大げさなまでに恭しい話し方もその一環かしら?
『男なのに聖女』。そんなちぐはぐな存在にして馬鹿にしたいのかしらね。
……………いいじゃない。買ってあげるわよその喧嘩。
「ああ、そういうことだったんですか。この国では、神と言葉を交わした人間は皆聖女という称号が付くってだけの話だったんですね。それなら最初からそうお話ししてくれたらよかったのに。あまりにも聖女聖女っていうからてっきり男と女の区別もつかない頭が悪いのかと思ってしまったわ。」
嫌味をたっぷり込めたあたしの言葉に王太子は小さく目を見開く。
あたしが黙って言いなりになる人間だと思ったら大間違いよ。
「あ、あぁ…それは申し訳ありません。混乱させてしまったようですね。」
「ええ、とっても。それで、あたしはこの後どうなるんでしょうか?」
あたしの質問に王太子の目が鋭くなる。
「どう、とは?」
「いえ、この国で二番目の『聖女』になんてなってしまったからには何かすることがあるのかしら、と思って。」
「ああ、それはご心配ありませんよ。松村様は聖女である前にカクサレ様ですからね。今までこの世界にいらした方と同じく、この国のために何かがしたいと思った時にその力を貸していただければ問題ありません。」
…話し方が変わったわね。距離を置くような話し方であることには違いないんだけど、さっきよりは幾分聞きやすいわ。
「あら、そうなんですね。」
「ええ。…あぁ、もちろんほかの国へ行かれる際にも私たちがあなたを引き留めることは決してありませんのでご安心ください。」
…言外に出て行けって言われてるのかしら。
「えぇ、考えておきます。」
まぁ、ここを出ていくのもアリっていえばありなのよね。この男のいいなりになるって点を除けば。
…その前にやることがあるけど。
というかあたしは結局ここで何をすればいいのかしら?王太子とこうやって話すだけ?
だったら部屋に帰りたいんだけど。
あたしの横で完全に固まっていたキースさんに話しかける。
「あの、報告って結局何するんですか?」
「え?あ、ああ…。そうですね……。一応松村様が神の愛し子であるという報告をして、その後これからのことを相談する予定でいたのですが、サイラス様が仰った様に国としては松村様は聖女である前にカクサレであるということを前提に対処するようです。ですので…報告は以上になりますね。」
なるほど…ってことは帰ってもいいってことかしら。
それにしてもあたしが話しかけるまで、キースさん完全に固まってたのにちゃんと話聞いてたんだ…。
「そうなんですね。じゃあ、あたしはこれで失礼します。」
「え、ええ。この後は予定もありませんので、お休みください。」
「はい、ありがとうございます。」
二人に声をかけて部屋から出る。
あ、その前に言うことあったわ。
「あぁ、そうだ王太子様。」
「何でしょうか、聖女様?」
「もしかしたら、少しわがままを言ってしまうかもしれませんが…。『聖女』の願い、かなえてくださいますよね?」
「…ええ。『聖女様』のためならば喜んで。」
「…ありがとうございます。」
この会話…聖女ってより悪女の方がしっくりくるわね。
そう思いながら部屋から出たあたしには王太子の舌打ちの音は聞こえなかった。
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