騎士になりたかった魔法使い(読み切り版)
※お試し読み切り版です。
将来、剣を取って騎士となるべく、兵士に志願した少年・ヤルン。
ところが適性検査ののちに割り当てられたのは魔導兵士見習い。
はたして軌道修正なるか……!?
「一丁上がりぃ!」
手に携えた大剣を一振りすると、迫り来る敵が紙のように切れ、ばたばたと倒れた。足元には血だまりが広がり、肉塊と化した仲間を踏み越え、新手が迫ってくる。
「なんだ、まだやるのか?」
口元に笑みを浮かべながら、赤黒い液体を滴らせる相棒に視線を走らせた。刃こぼれ一つない澄み切った刀身が、頼もしげに見返してくる。
「来いよ! 死にたい奴から順番に相手を――」
負ける気がしない。俺は殊更に楽しげな口調で叫んだ。その時だった。
ぐきぃ! 強烈な音と共に、言いかけた台詞も息も奪われた。
「痛っテェ~!!」
目を覚ますと、ベッドの脇へ頭から思いきり落ちていた。
「どこで間違っちまったんだろうなぁ?」
俺の名はヤルン。
小さな町のちっぽけな商家に生まれた。両親と兄の四人で暮らしていたが、つい先日12歳になったのを機に軍に入った。
新人兵と言うと聞こえはいいけれど、近隣の村や町から寄せ集められた12歳なんてまだまだ子どもだ。そこでまずは地方領主の城に入り、兵士見習いとして訓練される。
そんな俺には思い描いていた夢があった。
大勢の仲間を率い、数多の敵をなぎ倒し、勝ちどきを上げる夢だ。寝ても覚めても憧れるのは、かつて町で見かけた男達のたくましい甲冑姿である。
「そうだよ、俺がなりたかったのはすっごく強い『騎士』なんだよ。こう、鋭い剣をぶんぶん振り回して――いててっ」
声を上げ、変な方向に捻ってしまった首の痛みに耐えた。
自分でも、振り返ってみれば相当の悪戯小僧だったと思う。いつもやりたい放題しては叱られていた。そんな俺は、「兵士になれ」という命令書に飛びついた。
「よっしゃあ! これで俺もいよいよ騎士になれるぜ!」
どれだけ嬉しかったかというと、登城の日までニヤニヤ笑いが止まらなかったほどだ。とにかく兵士になりさえすれば、あとは自分のやる気一つでどこまでも登り詰められると信じていた。
その考えが浅はかだったと知るのは、適性試験の時である。
「いったい、うちの何倍あるんだ?」
荷物を背負い、俺は城へと向かった。遠くからは眺めた事のある領主の城も、中に入るとその大きさに圧倒された。
そこにゾロゾロと同い年らしい子ども達が入っていくのを見て、あぁと思った。俺と同じように招集された者達に違いない。
「おっ、兵士がいる!」
腰にさしてあるのは本物の剣だよな。うぉお、格好いい~。俺も早くなりてぇ! 長く伸びた列に並びながら、期待に肌を震わせていた。
「これから適性試験を始める!」
勇ましい男が、前に進み出て宣言する。てっきり体力テストをやらされると思っていたら、机と椅子が並べられた、だだっ広い部屋で読み書きと計算をさせられた。
「なんだ、結構簡単じゃん」
問題用紙に目を通して、口笛を吹きそうになった。勉強は嫌いだけれど、商家に生まれただけあって基礎的な学問は一通り仕込まれている。これなら早くも有望視されちゃうかも?
「終わった者から外に出るように。身体検査ののち、最終試験を行う!」
身体検査はともかく、最終試験って? まさか、もっと難しい問題を突きつけられるんじゃないだろうな。
廊下には列が出来、その先は隣の部屋へと吸い込まれていた。そこで身体検査を終えると、いよいよ最終試験である。さっきより列の流れが遅いなと思ったら、次の部屋には一人ずつ入るようだった。
「何志望?」
「えっ? 俺?」
前に並んでいた奴がふいに振り返った。ひょろりと背が高く、冷めた瞳が印象的だ。「面倒くさい」が服を着て歩いているみたいに見える。
「そりゃ男だったら剣しかないでショ」
俺は鼻息も荒く宣言した。妙に馴れ馴れしい奴だなと思ったが、同期生になるんだろうし、堅苦しいのも嫌いだしな。
「へぇ。こっちは魔法なんかも使えたら便利だと思ってるんだけどさ」
「あ~、俺はパス。やっぱスリル満点の斬り合いこそロマンって感じ?」
それなりに盛り上がっている間に一人、また一人と順番の列が進み、いつの間にかそいつの番がやってきていた。
「じゃあ、お先」
誘導役に急かされ、それでも余裕の調子で入っていく背中を見送る。といっても次は俺の番なのだから、すぐに同じ部屋へと入ることになった。
「失礼しまーす」
がらんとした室内に人影が一つ、ぽつんと佇んでいた。外を眺めていたのか、俺の声に気付いてこちらに顔を向ける。
長い白髪がふさふさと生え、口髭との境界線が見分けられない。まるで童話にでも出てきそうな老人だ。
「ふむ、なかなか元気そうじゃの。名前は?」
声もしっかりと嗄れてる。こりゃ、ホンモノのじいさんだな。俺は「ヤルンです」と答えた。あれ? もしかしてこのじいさんってお偉いさんだったりする? まさか最終面接か……!?
「問題はなさそうじゃな。ほれ、これを飲んでみぃ」
すっと差し出されたのは小瓶だった。受け取ると、片手に収まるサイズの透明の瓶の中に、同じく透明の液体が揺れている。
「な、なんですか。これ」
「安心せい、体に害はない。ここに来た者は皆飲むんじゃよ」
くんくん。蓋を開けて嗅いでみても匂いはない。ただの水だ。でも、水を飲ませる試験なんて怪し過ぎる。警戒する俺に、じいさんは口の端を上げて笑った。
「ふふ、犬のような奴じゃの。どうした、怖いか?」
「舐めんな!」
挑戦的な瞳にカッときて、俺は叫ぶと同時に一気に飲み干す。数秒は何事もなく過ぎた。なんだ、やっぱりただの水だったのか――。
「!?」
唐突に体が熱くなった。それも、腹の奧から炎が吹き出したかのような、痛みにも似た激しい熱だ。
「なっ、あつっ、じ……ジジィ、一体、何……盛りやがった……!?」
あまりの熱と痛みに、呼吸も声も途切れ途切れになる。視界に光が明滅し、これが「星が回る」ってやつなのかと思った。じいさんは苦しむ俺を涼しげな表情で観察し、「ほほぅ」と呟く。
「害はないと言うたじゃろう? すぐに消えるわい。それにしても、お主、そんなに熱いのか? 苦しいのか? 演技じゃあるまいな」
「誰が、初対面のじじいに、心臓止まるような真似、するかよっ」
いいから助けてくれ! と叫ぼうとして、勢いよく息を吸い込んだせいでゲホゲホと咳き込む。そうこうしているうちにピークが過ぎ去ったのか、ゆっくりと熱が引き始めていった。
ぜぇぜぇ肩で息をする俺に、じいさんはまたも髭を弄びながら目を細める。
「それは魔力に反応して熱を発する水でな。強い魔力を持つ者ほど苦しむのじゃ。……お主には余程見所があると見える」
まだ痛みの余韻が濃く残っていて、「えっ」とも、「ちょっと待て」とも言う暇はなかった。もちろん、「剣士になって活躍するのが夢だ」などという情熱も。
全身汗びっしょりで前屈みになった俺の背中に、楽しげな声が降ってきた。
「よし、魔導兵見習いに決定じゃ。わし直々に仕込んでやろう。楽しみじゃのう」
ほっほっほっ。笑い声が、俺を不幸のどん底に突き落とした。
適性検査で魔力を持っていることが判明したせいで、希望の剣士ではなく魔導士として軍に配属されてしまった俺は、しばらくそのショックから立ち直れずにいた。
「なんだこれ」
部屋を訪れた兵士に手渡された、見習い用の装備を見て、俺は呟く。安っぽい布の服とマントは分かる。
「重……っ」
分からないのは、大きくて分厚い本の方だった。重みもかなりあって、両手で抱える必要があるずっしり感だ。くすんだ赤っぽい色の表紙には見たこともない模様が描かれている。
俺達見習いはすでに宿舎内二階の狭い部屋に二人ずつで詰め込まれていた。
ちなみに俺の同居人は試験の時に話しかけてきた軽い男――キーマだった。面白い偶然もあるものだ。それも、剣士とは皮肉が過ぎる。
しっかりと剣を支給されているところを見ると、血が煮えたぎる思いがした。おのれー! 俺も絶対そっちにいってやるからなー!
「えぇと? 剣士と魔導士が共通して行うのは基礎訓練と講義と食事、あとはここでの寝泊りか」
「他の時間は別々に専門的な分野を訓練するみたいだね」
かなりの時間、キーマとは共に行動することになるようだが、今日はいきなり別行動だった。
俺は本を携え、指示された講堂へと入った。適当に空いている席を見つけて座る。持ってきた本を机に置き、そういえばまだ開いていなかったなと、捲ろうとした時だった。
「うっ」
「おい、大丈夫か?」
横を通りかかった人影がよろけるのに気付いて、思わず支えてやったら、それはなんと女の子だった。
「あ、ありがとうございます。この本、とっても重いですね」
肩まで伸びた髪を揺らしてぺこりと頭を下げつつ、本を両手で必死に抱えている。小柄だから余計に本がデカく見えた。
「だよなー。っていうか敬語なんていらねーよ」
「え? で、でも……この方が話しやすいので」
人見知りするタイプらしい。上目遣いに問いかけてくるのがちょっと可愛い。
「別に全然構わないのに。俺はヤルン、よろしくな」
「わ、私はココ、です。よろしくお願いします」
ココは俺が差し出した手を握り返してふわりと微笑んだ。こんなに白くて細くて柔らかい手に触れるのは初めてでびっくりしたが、なんとか顔に出さずに済んだだろうか?
「皆、揃っておるかの?」
理由を聞く前に、疑問は老いた声に遮られた。そちらを向くまでもなく、俺を魔導士なんかにしやがった張本人だ。
室内がさぁっと静まり、立ち話をしていた連中も席に着く。訓練初日で皆緊張しているのがピリピリと肌に伝わってきた。
「さて、早速本題に入るとしよう。皆、一人一冊本を渡されたな? もう開いてみた者もおるじゃろう」
じいさんが言い終わる前にあちこちでパタパタ音がする。俺も改めて頁を捲ってみた。隣でココも開いているのが見える。
「そう急くでない。まだ何も記されてはおらぬぞ」
その通りだった。どこを開いてみても白紙で、一字たりとも書かれてはいない。静かなざわめきが講堂に広がった。
「当たり前じゃ。これからおぬし達自身で記していくのじゃから」
はぁ? マジかよ。この分厚い本を全て手書きで埋めろってのか?
「そんなに落ち込むことはない。それはな、魔導士が一生かかって記していく『魔導書』なのじゃよ」
再び室内が静まり返った。じいさんが口にすると、「一生」という言葉が妙にずしりと胸に落ち込んだ。
「それを証拠に、わしもまだ書ききれてはおらぬ」
どんだけだ! 思わず叫びそうになった言葉を飲み込む。何人か立ち上がりかけたあいつらは、きっと俺と同じ熱いツッコミ魂を持っているに違いない。
「魔導書に書いたことを術者が真に理解した時、その術を会得するのじゃよ」
なんだそれ、意味不明だ。ぽかんとしていると、まずは裏表紙を捲るよう指示された。
「下へ名前を書くように。ふざけず、きちんとな。それは魔導書との契約じゃからの」
契約、なんて重たい言葉に一同は固まった。このじじい、どこまでが冗談でどこからが本気なのか、ちっとも悟らせない。ペンを手に取って言われるがまま名前を記した。
「くれぐれも失くすでないぞ。特に防護の術を会得するまでは扱いに気を付けよ。燃えたりすれば、お主らは魔力を失うことになる」
そんな、だとか、あんまりだ、とかいう小さな悲鳴が上がる。気持ちは分かる。たった一冊の本のせいで、大事なものを失くしてしまうのだから。でも俺は変な気分だった。
「魔導士にとって魔力は『命』にも代えがたい。ゆめゆめ、忘れるな」
望まない道に無理矢理進まされ、運命が決められようとしている。その象徴がこの魔導書だ。いっそ燃やしてしまえ、と心が囁く。コレがなくなれば念願の剣士になれるかもしれないのだ。
俺は暗い考えを鬱々と巡らせた。折角得た機会を失うという勿体ない気持ちや良心と、本音とが脳内でせめぎ合う。
「そうそう、言い忘れておったわい。事故の場合は魔力が失われるだけじゃが、もし自ら書を破壊するようなことがあれば……」
考えを読まれたのかと思って心臓が跳ねる。目を上げると、じいさんは全員を見回していた。ごくりと唾をのむ。
「契約破棄の対価として、魔導書から自分自身の魔力が溢れ出し、術者を焼き尽くす。その炎は魔力が強ければ強いほど激しいと聞く。この間皆が飲んだ薬など、甘い飴玉だと思えるくらいにな」
「はあぁあぁあ!? マジかよ、もう名前書いちまったのにィー!?」
ここがどこだかも忘れて、俺は天井に向かって絶叫したのだった。
(もうすぐ完結予定の)連載中のお話を短く縮めた「お試し版」でしたが、いかがだったでしょうか。
少しでも楽しんで頂けたら嬉しいです。お読みくださってありがとうございました。
【追記】おかげさまで本編完結しました!