魔術の暴走
メルガーとトーレンは地下の中央室に向かっていた。
「急ぐぞトーレン! 騒ぎが大きくなっている!」
「はい、会長! それにしても、我が魔法協会でこんなことが起こるなんて……!」
魔法協会・地下中央室。
「どういうことだ! 実験体が逃げ出しただと!?」
「本当なんですか!?」
メルガーは研究員の一人に食って掛かる。研究員は怯えながらも、分かる範囲で事態を説明する。
「ひいっ! は、はい、しゅ、収容施設の扉のほぼ全てのロックが、何故か、解除されたようなのです……。『首輪』のほうも間違いなく……。それで、好機と見た、実験体が脱走したものかと……」
「何ということだ!」
「ひいい!」
メルガーは顔を真っ赤にして怒る。実験体の中には希少な魔法持ちも多いため、『首輪』という魔法を抑える魔道具も付けていたがそれも外れていたというのだ。だが、一旦落ち着いて、少し考えたメルガーは研究員に指示を出す。
「……やむを得ん。収容所付近を全て封鎖しろ。その後、我々が地下から出た後で地下施設自体を封鎖する!」
「そ、そんな!? 一部の構成員や研究員を見捨てるのですか!?」
「会長……いくら何でもそれは……」
指示を受けた研究員の顔が蒼白になった。トーレンも絶句している。地下施設の封鎖をすれば確かに脱走者を外に出すことはないが、地下に残る構成員たちも閉じ込められてしまう。彼らに危険が及ぶのは間違いない。何故なら……。
「収容施設には、魔物もいるんですよ!? そいつらの首輪も外れていたとしたら……」
「多くのものが被害に遭う。分かっていることだ。魔物の首輪も外れているだろうからな」
「「っ!」」
収容施設にいるのは人間だけではない。魔法協会が過去に捕獲した魔物たちがいるのだ。彼らも実験体として利用されていたが、今逃げ出す可能性は十分にある。しかし、会長のメルガーは……。
「おそらく、多くの犠牲者を出すことは分かっている。貴重な人材の損失になるが、そうしなければ我々の秘密が外に漏れてしまうだろう。脱走者が外に出れば、魔法協会の実態が国民に知れ渡り、ましてや魔物が外に出るなど不祥事どころではないのだ」
「…………」
「会長……」
メルガーの言っていることは事実だ。脱走者や魔物が外に出れば、国民の魔法協会に対する不信感が強くなる。下手をすれば暴動になりかねない。魔法協会は#そういう__・__#場所なのだ。
「そもそも、この事態は外部からの襲撃の可能性が非常に高い。現在進行形で微弱な魔力を流しているのだからな。地上でも何かが起こっているに違いあるまい。首謀者も侵入してきた可能性もあるしな。それならば、ここの対処は後に回して、首謀者を捕らえるべきだ」
「会長のおっしゃる通りです。賢明なご判断です」
「……分かり、ました。各、研究員に、伝えます……」
残酷なことを落ち着いた口調で話すメルガーに、研究員は顔を蒼白したまま、指示に従った。トーレンはメルガーを褒め称えるだけだった。
数時間後。
トーレンとメルガーが、地下から出た後で、地下への扉は封鎖されてしまった。
「そ、そんな……! わ、私たちまで……!? 会長~!」
指示を受けた研究員も中にいる間に。
魔法協会・廊下。
ジリリリリリリリリリリリリン! ジリリリリリリリリリリリリリン! ジリリリリリリリリリリリリン!
地下から出てきたトーレンとメルガーは、地上の異常事態にすぐ気づいた。非常にうるさく鳴っている警報ベルが鳴り続いているという異常を知ってしまったのだ。
「会長、これは……」
「警報ベルが……鳴り続いてるだと?」
警報ベルが数時間以上なる続けることはない。何故なら、魔術によって数分後には止まるはずなのだ。それでも鳴り続けるということは、警報ベルに異常があるのか、新たな非常事態が起こったかの二つだ。どっちにしても、良くないことには変わりはない。
「地上も混乱しているのでしょうか? 一体何が!?」
「取り乱すな! まずは私の部屋に行くぞ、そこなら魔法協会内部の様子が分かるはずだ!」
「そうでした! 監視魔術がありました! あれなら!」
「そういうことだ、急ぐぞ!」
監視魔術とは、魔術を設置した場所の様子を水晶玉に映す仕組みになっている魔術だ。魔法協会内部のいたるところに監視魔術用の魔道具が設置され、メルガーの部屋に専用の水晶玉があるのだ。トーレンとメルガーは急いで会長室に向かうが、その途中で思いがけない事態を知ることになる。
ドッカーン! ボオオオオオ! ビリビリビリ! ガキン! ガキン!
「「!?」」
魔法協会のあちこちで、防衛魔術が発動していた。防衛魔術とは、侵入者や敵対者に対して攻撃を行って排除する魔術だ。防衛魔術は監視魔術と同じ場所に設置され、強力な攻撃を仕掛けられるようになっていた。侵入者が入ってきてもひとたまりもないはずだった。しかし、その防衛魔術が今、明らかに侵入者とは言えない者たちを攻撃していた。それは、
「うわああああああああああああああ!」
「きゃああああああああああああああ!」
「に、逃げろおおおおおおおおおお!」
「くっ、くそ! 畜生! 何でこんな!」
「ひい! こっちに来る!?」
「誰か何とかしてくれー!」
「……………………」
「か、会長……」
「ど、どういうことだ……? 防衛魔術が構成員を攻撃するだと!? 暴走しているというのか……!?」
トーレンとメルガーの目に映ったのは、防衛魔術に攻撃されている魔法協会の構成員たちだった。ある者はひたすら逃げまどい、ある者は何とか魔法で防御し、ある者は大声で助けを呼び、ある者はすでに気絶している。そして、ある者は……。
「くっそお! こうなりゃ、俺の【炎魔法】で魔術ごとぶっ飛ばして……」
ヒュン! スパン! ボトッ ブシャアアアアアアア!
「「…………………………」」
防衛魔術から出たギロチンで首を切断されて、死亡した。血しぶきをまき散らしながら。それを目にしてしまった二人は、そのまま立ち尽くしそうになる。だが、
「先を急ぐぞ……」
「は、はい!」
二人は先を急ぐ。そうしている間にも、犠牲者を増え続けるのだから。二人は魔術の暴走に巻き込まれるものを助けもせずに、ひたすら進んでいく。するべきことは、目の前の被害に対処することではないのだから。




