露骨な変化
翌朝
小さな小屋で少年と少女が一緒に眠っている。少年は『ローグ・ナイト』。幼馴染への復讐と世界崩壊の謎を解くことを目指す少年だ。隣に寝ているのは『ミーラ・リラ』。ローグの復讐の対象の一人で、昨晩、ローグの計画で彼の奴隷になるように仕込まれた少女だ。そして、
「は、わ、わ、私……ローと……あんなことを……はわわわわわ……!」
ミーラが先に起きた。彼女は起きた後、昨晩のことを思い出して顔を赤くして手で顔を覆った。どこか嬉しそうな気持があるのはミーラの気のせいではない。その時、自分の両手を見て、左手の火傷がないことに気付いた。
「あ、あれ? て、手が!? 治ってる!? まさか!?」
ミーラは体中を確認し、最後に割れたガラスで火傷していたはずの顔を見てみた。火傷の跡はどこにもなく、完全に無くなっていたのだ。ミーラは何が起こったのか分からなかったが、隣にいる幼馴染の少年に気付いて誰の仕業か理解した。そして、その少年も目を覚ましている。
「ん、おはよう、ミーラ。元の姿を取り戻した気分はどうだ?」
「う、うう……グスッ……」
「?」
「わあああ~ん! ありがとう! ありがとう! うわあああ~ん!」
「うおっ!? おいおい、誰も抱き着けなんて言ってないぞ!」
ミーラは派手に泣き出してローグに抱き着いてしまった。ローグはやれやれといった感じで、ミーラにされるがままになった。しかし、いつまでも泣き続けるミーラに面倒くさくなってきたローグは、あることを告げた。
「お~い、いつまでも素っ裸のままだと風邪ひくぞ? 俺もだけど……」
「う、うええ……え? あっ! きゃあああああああああああああ!?」
「さっさと服着て朝飯を……はあ、今度はそう来たか……」
ローグの言う通り、二人とも裸だったのだ。服は散乱している。昨晩の行為の後はそのまま眠ってしまったため、服を着てなかったのだ。思い出したミーラは再び顔を真っ赤にして、今度は布団の中にもぐってしまった。ローグは、下手なことしないで落ち着くのを待つことにした。
数時間後。
小屋の中で、朝食のパンを食べるローグとミーラがいる。ローグは黙々と食べるだけだが、ミーラはとてもおいしそうに食べている。よく見ると涙ぐんでさえいる。気になったローグは、ちょっと聞いてみることにした。
「……なあ、ミーラ」
「ふぇ!? な、な、な、な、何でしょう!? ロー、じゃない、ローグ様!?」
ミーラはローグのことを、『ロー』ではなく『ローグ様』と呼んでいる。ローグは朝食の前に、名前と姿を変えたことをミーラに明かしていた。さらに、普段行動するときの『ローグ・ナイト』の姿も見せた。彼女にそこまで明かしたのは、それを知ったことでどう反応するか試したのだが、すんなり受け入れられた。
人がいるときは『ローグ』と呼ぶように言ってあるのだが、二人だけの時は『ロー』と呼んでいいと言っているのだ。しかし、『ローグ様』と呼ぶように言ってはいない。
「いや、その……あまりにも美味そうに食べてるけど、ただのパンだぞ?」
「そ、そ、そ、そ、そんなことないよー! ロー様、いや、ローグ様がくれたパンだもん! 世界一美味しいよー!」
「そ、そうか……あ、ありがとう。そ、それと今は二人きりだから、別に『ロー』と呼んでも大丈夫だぞ?」
「は、はい……ロー様!」
(こ、これほど変わるとは……予想以上だな。やり過ぎたか? 昨日の夜に火傷を直しておいてよかったな……ミーラの変化はそのせいだとルドガーに言っておこう)
ただのパン(安物)をもらっただけで涙を流すほど喜び、食べてみて世界一美味だと信じ込むなどあまりにもローグを慕いすぎている。ローグを愛するように心をいじった結果なのだが、いじった張本人が軽く引いている。
ルドガーならこの変化を見逃さないだろう、絶対に。誰がどう見ても不自然なのだから。
正午。
約束の時間になって、ある男がミーラの小屋の前にやってきた。彼は『ルドガー・バーグ』。王都の外にいる外町に暮らしている元魔法協会所属の人間で、大火傷を負ったミーラを憐れんで世話をしていた男だ。そこでルドガーはとんでもないものを見た。
「ど、どうしたんだ嬢ちゃん!? 火傷がなくなってんじゃねえか!?」
ルドガーはミーラを一目見るなり驚き叫んだ。昨日まで火傷の跡が大きく目立ち、ローブを被らなければならないほど悲惨な姿だった少女が姿を変えたのだ。その姿は、ルドガーが見たことのないミーラ・リラだった。
「ルドガーさん! これはね、ロー様が私の体を治してくれたからなの! あんなにひどい火傷がほとんど残ってないの! ロー様のおかげで!」
「ぼ、坊主、お前……お前ってやつは!」
「…………(ロー様って、言っちゃったよ)」
ローグがミーラを治した。その事実を知ったルドガーは、ローグのことを心から見直した。ルドガーから見たローグは、危険人物の一歩手前のように見えていたのだ(本人には内緒)。
「私、私、ロー様にあんなにひどいことしたのに、許してくれたわけじゃないのに私を助けてくれた! ルドガーさん! これから私は人生をかけてお礼をしていくんです!」
「そ、そうか嬢ちゃん……それは良かっ……ロー様?」
(あっ、やべえ……)
ルドガーは、ミーラの口から出た「ロー様」という言葉に明らかな違和感を感じ取った。いや、違和感どころの話じゃなかった。そして、その原因はその「ロー様」にあるだろうと察し、ローグに顔を向けた。その顔には疑ってる様子がよくわかる。
「おい、坊主よ、ちょっといいか?」
「言いたいことは分かるが、俺も驚いてんだよ」
「?」
二人は、ミーラから少し距離を取って小声で話し始めた。ルドガーはミーラの変化についてローグに聞き出そうとした。ローグの思っていた展開に突入した。
「嬢ちゃんの変化は何だ……お前のことを様付けだぞ? 何をしたんだ?」
「火傷を治したんだよ、そしたらあんな呼び方になったんだ……」
「本当か? 他に何かしたんじゃないのか?」
「俺のパンをあげたんだ……外町で手に入らないような高いパンだ(嘘)……美味しいと言ってたけど……」
「……ほ~う?」
「ミーラに聞けばわかる。朝食で一緒に食べたんだ……泣くほどおいしいパンをな……」
「二人とも何話してるの?」
「「!」」
ここで、不審に思ったミーラが声をかけてきた。ローグはチャンスだと思ってミーラにパンのことを聞く。話題をそらすために。
「ミーラ、今日食べたパンは本当においしかったよな?」
「うん! とってもおいしかったよ! それがどうかしたの?」
「そのことでさ、ミーラが俺のことを様付けするようになっただろ? ルドガーさんはそれが気になったみたいでさ、ルドガーさんもパンを食べたかったっていうんだよ」
「えっ!?」
「はあっ!?」
ルドガーは、ふざけたことを言い出すローグの言葉の意味が分からなかった。さっき話していたのはミーラのことであって、パンの話ではない。それに、昨日もらった食糧があるのにパンが食べたいなどと思うはずがないのだ(同じパンをもらってる)。しかし、ミーラはそれを聞いて悲しそうな顔をしてしまう。
「あ、あの、ごめんなさいルドガーさん。パンは私とローさ……ローの分しかなかったんです……」
「いやいやいやいや! パンの話じゃねえよ! 坊主、お前話を変えるな! 嬢ちゃんも本気にすんなよ! そんなわけねえだろうがー!」
ルドガーは頭を抱えて叫んだ。結局、話題をそらすことに成功した。




