変わり果てた少女
「ロー……なの? 本当に……ローなの?」
「ああ、そうだよ。ローだよ。分かるかい? お…僕のことが?」
ミーラの右目が信じられないものを見ているかのように大きく見開いた。やがて、その右目から涙が流れ始めた。
「う、う、うあああああああ! ごめんね! ごめんね! ロォォォオオオオオオオオオ!」
「うお!? ど、どうしたんだよ!?」
「嬢ちゃん!? 落ち着け! 落ち着けって!」
「ごめんね! ごめんね! うわああああああああん!」
ミーラは何故かローグに、『ロー・ライト』にひたすら謝り続けている。しまいにはローグに地を這いながら抱き着こうとする始末だ。復讐の対象としてみていた彼女に抱き着かれるのは嫌だった(ついでに気味が悪かった)ローグは、後ずさり避け続けた。その様子を見たルドガーが、間に入ってミーラをなだめた。その隙にローグは小屋の外に逃げた。
ミーラが落ち着くのを待ってる間に、ローグは考える。そして、この状況と今のミーラの姿を見てローグはおおよその事情を察した。
(ルドガーは魔法協会と言った……ミーラはこんな姿だ、動きも変だった……そして、魔法なしの『ロー・ライト』に謝り続けている……もしかして、魔法協会にミーラの魔法を……)
考えをまとめた頃に、ミーラを連れたルドガーが小屋から出てきた。ミーラは相変わらずローブで左半身を隠している。
「おい坊主、嬢ちゃんはもう落ち着いたぜ。ほら、嬢ちゃん、落ち着いてなよ」
「は、はい。ありがとうルドガーさん。……う、ロー、ひ、久しぶり……」
「ああ、そうだな。ミーラは何か大変な目に合ったみたいだが、何があった? こんな場所で暮らしているなんて、その姿だって何を隠してるんだ?」
「そ、それは…………その…………」
「……魔法協会か」
「なっ!?」
「その様子だと魔法協会と何かあったんだな。ミーラ、つらいだろうけど詳しく話してくれないか? 話が聞きたい」
「!?…………うん……」
魔法協会のことを口にしただけで、ミーラは反応した。ローグは自分の推測が当たっってしまったことを実感した。彼女から語られる魔法協会であったことはローグのほぼ予想通りだった。
「魔法協会は、最悪の場所だった……あいつらは……罪の無い人から魔法を奪ってた……」
「な、何だって!?(やっぱりか)」
「嬢ちゃん……」
「私は……それが許せなくて、出ていこうとして、……それで、捕まって、私も魔法を奪われた! う、う、うあああああああああ!」
「嬢ちゃん!」
「ミ、ミーラ!?」
話してる最中にミーラは崩れ落ちるように膝をついた。その拍子に被っていたローブが脱げてしまった。そこでローグが見てしまったのは……。
「う!?」
(こ、これが、あのミーラなのか!? いくらなんでもこれは……!)
左側の髪が、顔が、左手が、左足が、左半身からひどい火傷を負って、しかも痩せこけた痛々しい姿の少女だった。ローグは思い知ってしまった。復讐の対象だった少女は変わり果ててしまったことを。
話の途中で再び取り乱したミーラが、もう一度落ち着いた後で、話の続きが始まった。まず、魔法協会に入ったばかりのところから話してもらった。
「私が魔法協会に入った後、いろんな検査を受けたの。魔力、魔法の能力、健康状態、身体能力まで隅々にね。その後、番号札を渡されて真っ白な個室と真っ白な服をもらったの」
「真っ白な個室と真っ白な服?」
「うん。部屋の全部が白ずくめで埋め尽くされてる感じ。服もね。気味が悪かったわ……」
(それって完全に実験者用じゃん。最初っからそういう腹積もりだったようだな)
「………………」
「検査は三日続いたけどその後は私の魔法の実験が何日も続いたの。【透明魔法】の実験をね」
(【透明魔法】か。そりゃあ研究しがいがあるだろうな)
【透明魔法】は、自身や触れたものを透明にして目に見えなくする魔法だ。使いこなせば、ある程度の物体をすり抜けたりするような性能にまで上達することから、旧世界でもスパイ活動を中心に利用された。
「何日も実験に付き合わされた私はなんだか嫌になって、夜の就寝時間に【透明魔法】で逃げ出そうとしたの」
「え? 逃げ出そうとしてたのか、どうやって?」
「私の【透明魔法】は薄い壁くらいならすり抜けられるのよ。あいつらの実験で分かったことなの。【透明魔法】を使ったのは就寝時間になると部屋の鍵が閉められちゃうから」
「そうなのか?(もうそこまで上達してたのか)」
ミーラは村の子供たちの中で、誰よりも早く魔法を発現した少女だった。そのうえ、誰よりも魔法を使って自慢もしていたから、上達も早かったのだ。
「魔法協会を出る前に、どうせ最後になるんだからもっと中を見てやろうと思って地下室ってところに入ってみたんだけど……」
「……そこで悪い噂ってやつの実態を見たのか」
「そうよ……いろんな人が捕まってたの……」
(地下室に監禁か、当然だな)
「魔法を解除して話を聞いてみたんだけど、その地下室でひどい人体実験をやってて魔法を奪ったり植え付けたりするって言ってたの……中には死んだ人もいるって……その話を聞いて怖くなった私は急いで逃げようとしたら、『会長』に見つかってしまった……そして……」
「魔法を奪われたのか……その『会長』に」
「……うん。【強奪魔法】って言ってた……」
「な、何!?(マジかよ!?)」
ローグはその情報に驚愕した。ローグの知識では、【強奪魔法】はあらゆるものを奪う魔法で、他人の魔法も奪える恐るべき魔法だ。そんな魔法を魔法協会が所持していることは恐ろしい強みだ。
「魔法を奪われた後、意識を奪われて……気付けば王都の外に……魔法協会の真実を
訴えようと思って門番の人に話をしようとしたら……私が魔法なしだって言ってた……それで話を聞いてくれなかったの……!」
「門番が!?」
「何!? 嬢ちゃん、それは本当か!?」
「魔法協会から、最近魔法なしの少女がうろついてると伝わってるって言ってたの! ……門番にまであいつらの手が回ってたのよ!」




