その2
わたくしは、以前は極々普通の『私』だった。
平成の、娯楽の溢れる現代社会。その分だけ労働という対価は着いて回るが、自分の稼いだお金で好きなことをできる、そんな自由溢れる生活を謳歌する、若い成人女子だった。
まあ、ここまで言えば察しがつくだろう。
そう、私は『わたくし』へと、流行りの転生トリップをしたのだ。
──それも、流行りも流行りの『乙女ゲームの悪役令嬢』へと。
「それに気づいたのはつい最近、っていうんだから、わたくしも間抜けなものよねぇ」
しゅるりと軽い衣擦れを聞きながら堅苦しいドレスを脱ぎ、はぁぁぁ、と特大のため息をひとつ。
わたくしの自室はなるべく人払いをし、廊下側の扉の前に普段はアレクが控えるのみとなっている。一応公爵家の令嬢として気を張っているわたくしが息をつける、数少ない場所のひとつだ。
そして、そう。わたくしが『自分が乙女ゲームの悪役令嬢だ』と気づいたのは、恥ずかしながらつい最近のことだったりするのだ。
笑ってもいいわ。だって記憶自体は3歳からあったんだもの。
「着替えたわ、アレク。いいわよ」
そういえばアレクと出会ったのもそれくらいだったわね、なんて考えながら声をかければ、暫くの沈黙の後に重々しくドアが開く。
別にドアはそんなに重厚ではないのだけれど、きっとアレクの心情が反映されているのね。
「……何度も言いますが、私ではなくても……」
「あら、この格好をみて悲鳴を挙げない侍女がいたら連れてきて頂戴」
そう、わたくしが今身につけているもの──それは、今は懐かしきトレーニングウェアである。(勿論特注製)
「さあ!今日もエクササイズを始めるわよ!!」
きっとわたくしの目はそれはもうキラキラと輝いていることだろう。
反対にアレクの目は死んでいるけれども、それは知らないわ。
──わたくしが自分の立場に気づかなかった理由はただひとつ。
好みドンピシャだった「ユリア」の自分磨きに忙しかったためである。
シリアス無縁の話なので安心して読んでください。