家臣 小場竹 静景
そして、その日の夕刻頃だった。
茶会を終えた武時は、秋之進の引き止めにあっていたが、多忙だからという伊兵衛の言葉により、早々に帰城する事となった。
「名残惜しいな京五郎」
「なに、隣国だ。戦帰りにでもまた寄らせて貰おう。お前も近江を通る際には顔を出してくれ」
武時達は手を取り合い、久しぶりの友情を確かめあっている。
本当に河内家とは仲が良いなと思いつつ、鼓子花は伊兵衛にそっと声をかける。
「伊兵衛様」
「なんだい?」
「帰りの馬車は、小場竹さんと乗っても良い?」
静景は相変わらず黙りこくったまま、武時達を見つめている。
鼓子花の申し出に、伊兵衛は目を丸くした。
「静景殿とかい?構わないけれど、どうしたんだ。急に」
伊兵衛の疑問は尤もだ。なにせ今まで静景とは話をした事はないのだから。
「なんとなくね、お話してみたいなって思ったの。小場竹さんは父様の部下なのでしょう?それなのに、今まで会話した事がなかったから」
静景は見た目は怖く、それ故に城の家臣達にも恐れられていると聞いた事はある。
確かに鼓子花も静景は怖く冷たい人という印象は持っていたが、人を見た目で判断してはいけないと言っていたのは伊兵衛だ。
あんなにも美しい人なのだから、きっと、きちんと話せば優しい人かもしれない。
何より、静景は武時と伊兵衛を心から尊敬している。
父については何とも言えないが、伊兵衛は鼓子花も心から尊敬し、大切に思っている人だ。
大切な人が同じなのだから、きっと分かり合えるに違いない。
そう信じている。
伊兵衛は少しだけ考える様な仕草を見せたが、納得してくれたらしい。
「確かにそうだね。今後の為にも、静景殿との交流は図った方が良いかもしれない。静景殿」
「はい」
声をかけると、静景はすぐに伊兵衛の元へやって来た。そしてそのまま、膝を着く。
「帰りの馬車だけれど、君は鼓子花と同乗してもらう」
「鼓子花様と、ですか」
静景は目を丸くすると、ちらりと鼓子花を見た。が、すぐに反らされてしまった。
「あぁ。君も少し、僕達以外の人間とも関わりを持った方が良いだろう。それに鼓子花は武時殿の娘だ。長い目で見て、交流を持つのも悪くはないだろう」
「しかし、私の様な者が武時様の御息女と同乗するなど――」
どうやら静景はひどく恐縮しているらしい。
見た目のわりに気が小さいなと思っていると、伊兵衛は笑みを浮かべたまま、少し強い口調で言い放った。
「これは命令だ」
「……畏まりました」
静景はそう言うと、膝をついたまま体の向きを鼓子花に向けた。
そしてもう一度深く頭を下げた。