河内家 阿利乃
鼓子花達が通されたのは、広い客間だった。
正面には父の武時。そのすぐ後ろに伊兵衛。そして鼓子花は伊兵衛の隣に座るように言われ、恐る恐る腰を下ろす。
静景はさらにその後ろに控えていたが、相変わらずこちらを見る事はなく、言葉も発しない。
見慣れない室内が物珍しく、きょろきょろと辺りを見回していると、伊兵衛が小声で囁いた。
「あまりあちこち見るものじゃない。君は今日、武時殿の娘として同行している。行儀良くするんだ」
「は、はい」
室内を見回すことが不躾になるとは思っていなかった為、慌てて下を向く。
すると調度良く襖が開かれ、一人の男と二人の女が姿を現した。
「おぉ、京五郎。随分と風貌が変わったものだな」
男は席に着く前に武時を見ると、嬉しそうな声を上げた。
「久しいな清丸。主は何も変わっておらぬ様だ」
若い頃からの長い付き合いだと聞いていたのだが、この会話を聞くと、どうやら幼少期からの付き合いらしい。
その証拠に、互いに幼少名で呼び合っている。
(父様がこんなに嬉しそうなのは珍しい)
鼓子花の父・武時は、いつも難しい顔をしており、体が大きくて怖い印象だった。
だが目の前の父は子供の様な笑みを浮かべ、気さくに接している。
それ程までに、彼──河内との仲は深いのだろう。
「秋之進様」
後ろに控えていた女性が若干渋い顔で声をかける。
すると彼は少しだけ慌てた様子で、取り敢えず席に着いた。
「高野瀬武時殿よ、遠路遥々よくぞ参られた。某の愚妻と愛娘だ」
どうやら女性は紹介される前に再会を喜び合っていたのを咎めたらしく、本来の礼儀を全うすると、笑みを浮かべて頭を下げた。
「河内秋之進が妻、藜にございます」
「娘の阿利乃と申します」
どうやら隣の少女が鼓子花より年が一つ下の長女・阿利乃姫らしい。
次いで武時も、同行させた身内を紹介する。
「我が右腕の川北伊兵衛だ。そして娘の鼓子花。控えているのは家臣の小場竹静景」
伊兵衛と静景は、黙って礼儀正しく頭を下げた。
出遅れてしまった鼓子花は、慌てて頭を下げ「鼓子花です」と呟く。
「ほう。その方が京五郎の娘子か。若き頃の日和殿によく似ておるではないか。阿利乃よ」
「はい」
名前を呼ばれた阿利乃は一礼すると、こちらを見て笑みを浮かべた。
「鼓子花姫に庭を案内して差し上げなさい」
「はい、父上。参りましょう鼓子花姫様。今はお庭の花が見頃なのです」
「えっ、あ……はい」
あまり誘われた経験のない鼓子花は、ちらりと伊兵衛を見る。だが「行っておいで」と言われ、笑みを浮かべて頷いた。