真実の中で
「刀を置け。お前に私を殺める事などできない」
「それでも良いわ。だって静景さんに殺されるって事は、鼓子花を愛してくれているって証拠だもの」
「っ──」
静景は眉を寄せ、こちらを睨み付けている。しかし刀にかけた手は動かない。
「愛しているわ。ずっと。──殺してしまいたい程に」
笑顔で言うと、小刀を腰の位置に構える。
そして、全力で体当たりをした。
強い衝撃があった。
鼓子花はふらりと態勢を崩すと、口元から鮮血を吐き出す。
猛烈な頭痛と吐き気がする。
恐る恐る腹部に視線をやると、そこには静景の刀が埋め込まれていた。
「びろうな娘だ。お前は誰にも愛されていない。伊兵衛様にも………そして、武時様にも」
鼓子花はもう一度、大量の血を吐き出す。
それが音を立て、畳の上で跳ねた。
「はぁっ………あは、はは。あ、愛されてないだなんて、嘘よ。伊兵衛様はいつも、鼓子花に言ってくれていたもの。愛してるって。何回も、何回もっ………」
話す度に逆流した血が口から溢れる。
笑みが止まらない。
静景は何を馬鹿な事を言っているのか。
伊兵衛の愛情については、今まで一度も疑った事はない。
そして、これからも。
「この世には、上部だけの愛が無数存在する。──お前に向けられた数多の愛とは、全てただの言葉に過ぎない」
「っ……」
腹部の傷に痛みはない。だが、心が痛くてたまらない。
震える手で静景の着物を握りしめると、涙を流しながら乞う。
「や、やめ……て。もう、それ以上は、言わないで……」
愛していないなんて嘘だ。
誰にも愛されていないなんて、嘘に決まっている。
静景は刀を手にしたまま、淡々と問う。
「鼓子花。お前は偽りと真実の中、どちらで果てるのを望むのか」
もう、意識を保っていられそうにない。
目がかすみ、目の前の静景の表情すらまともに見えない。
殺められるのならばせめて、愛情の中で死にたい。
だが口から出たのは、望みとは真逆の言葉だった。
「……真実の、中で」
静景は柄を強く握りしめる。そして耳元で囁いた。
「私も、お前を愛した事など一度たりともない」
静景は肩を掴むと、さらに深く抉った。
内臓が破れる感覚があった。
同時に刀が体を貫く。
再び口から吐き出した血が、静景の着物を染める。
引き抜かれた衝動で、鼓子花の体は後方に揺れ、そのまま仰向けに倒れた。
傷口からおびただしい量の鮮血が流れ、畳を濡らしながら広がる。
静景はそれを見つめながら、刀についたものを拭き取り、鞘に収めた。
「あ、あぁ……なんて事に……」
今さらになって、騒ぎを聞き付けた侍女達がやって来た。
室内の壮絶さに、口元を押さえて嘔吐く。
「小場竹様……。な、何もこの様になされずとも……」
「武時様のご命令だ」
それだけ答えると、静景は返り血を拭う事もなく屋敷を後にした。
既に事切れた鼓子花には、当然その声は聞こえていない。
「小場竹静景、帰参致しました」
城に戻った静景は、そのままの姿で広間の中央に跪いた。
武時は表情を変える事なく、その様子を眺めながら問う。
「主のその成りより明確ではあるが、念の為に問う。伊兵衛を殺めたのは、やはりあの娘か」
「はい」
「──そうか」
武時は目頭を抑える。だがそれは、娘を失った悲しみにではない。
「伊兵衛よ。あの様な小娘に討たれ、さぞや無念であっただろう。──静景よ、よくぞやってくれた」
「はい……」
呟くと、静景も涙を隠す為、深々と頭を下げた。
終