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愛があれば何をしても許される  作者: 石月 ひさか
四・不安な気持ち
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理解

身支度を整えた鼓子花は、父に会うべく城へとやって来た。


辺りはすでに薄暗く、空にはうっすら月が浮かんでいた。


恐らく、酉の刻六つ辺りを過ぎた頃だろう。


父は、いつもの通り広間で待っていると聞かされた。


障子の前に立つと、深く息を吐き、声をかける。


「鼓子花参りました」


「入れ」


返事はすぐにあった。


中にはきっと、伊兵衛や沢山の家臣達がいるのだろう。


何故あの場に居たのかと責められるだろうか。


それともあの首の事を弁解するのだろうか。


障子を開け、足を踏み入れる。


「こちらへ寄れ」


室内には、父の姿しかなかった。


上座に腰を据える父は、部屋の広さから比較し、妙に小さく見えた。


黙って近くへ寄り、真正面に腰を下ろす。


「呼んだのは他でもない。お前が目にしたものについてだ」


やはり、と思った。


父は弁解をするつもりなのだ。


友人の国に攻め入り、討ち取った事を。


「あれは見ての通り、河内秋之進とその身内の首よ。我は昨日、河内を討ち取った」


「……」


鼓子花は何も答えなかった。


否、答えられなかった。


あの光景が夢ではなかった事に絶望していたからだ。


「あれを、お前に見せるつもりはなかった。お前の目に触れてしまったのは、我とて不本意な事よ」


「何故」


あの光景が鼓子花の目に触れてしまった事についての説明はいらない。


何故、河内を討ったのか。


その理由を知りたかった。


「何故、父様は河内様を」


「あの者は我が討ち取らねば、名も無き雑兵に取られておっただろう」


「……」


理解できなかった。


目を丸くし、何故か悲しげな表情を浮かべている父を見つめる。


「お前にはわかるまい。この国は力が全て。力を持たぬ者は滅びる運命よ。最愛の友を、雑兵に討たせるくらいならば、いっそ我の手で──」


強い怒りを抱いた。


また、愛か。


鼓子花は心の中で呟いた。


この男はまた、愛の為に殺めたと語る。


昔、母の命を奪った時と同じように。


母も秋之進も、この男に愛されていなければ死なずに済んだのだ。


いや、この男だけではない。


高野瀬に愛されなければ──。


「では先日、河内様のお屋敷に行かれたのは」


「攻め入るには、地の理を把握せねばならない。全て伊兵衛の策よ」


伊兵衛は優秀な高野瀬の軍師だ。


高野瀬がここまで大きくなったのは、全て伊兵衛の策の賜物であると耳にした事がある。


勿論鼓子花も、伊兵衛がただ優しいだけの男ではない事はわかっていた。


「伊兵衛様は何故、同席されていないのですか?」


初めから抱いていた疑問を口にする。


伊兵衛はいつも、武時のそばについていた。


なのに何故今は席を外しているのか。


武時は眉を寄せると、また表情を崩した。先程に比べ、心底悲し気な表情に見えた。


「伊兵衛は戦で負傷し、床に伏せている」


信じられなかった。


あの伊兵衛が、傷を負う等。


だが武時の表情を見る限り、嘘ではない様だ。


「鼓子花よ、これが戦国の世だ。お前も今後──」


「わかりました」


笑みを浮かべると、武時の言葉を遮って立ち上がる。


「父様の愛情、鼓子花も理解致しました。愛するが故に殺めなければならなかった。父様はそう仰有っているのですよね?」


「如何にも」


武時は何故か、安堵する様な表情を浮かべて頷く。


母も友人も、猫も。


みんな愛が故。


愛していたから殺した。


つまり、愛があれば殺しても構わない。


その考えは皆変わらない。


父も、伊兵衛も。恐らく、静景も。


ならば、高野瀬の娘として、鼓子花もそう在らねばならない。そう思った。


「父様。伊兵衛様のお見舞いに行っても構いませんか?」


「うむ。あやつもお前の名を呼んでおったからな。顔を見せてやれ」


「はい、失礼します」


一礼すると、静かに退室する。


向かった先は、伊兵衛が眠る部屋だ。


すでに薬師は戻ったらしく、室内には誰もいなかった。


「……伊兵衛様」


鼓子花は小さな声で名前を呼ぶと、涙を浮かべて傍に腰を下ろした。


目の前で眠る伊兵衛の体は布でぐるぐる巻きになっており、あちこちからまだ血が滲んでいた。


幼い頃からずっと傍にいて、常に鼓子花の味方をしてくれた伊兵衛。


伊兵衛がいなければ、きっと今の鼓子花はいない。


そっと手を握ると、顔に当てて頬擦りをする。


「お願い伊兵衛様、目を開けて。また、鼓子花って言って笑って……」


その願いが叶ったのか、伊兵衛はゆっくり目を開けた。


「鼓子花、か。心配させてすまない」


「伊兵衛様っ」


身を乗り出し、伊兵衛の顔を見つめる。


怪我で血を大量に流してしまったせいか、その肌はいつもより青白く見えた。


「伊兵衛様、大丈夫?痛くない?」


「あぁ……痛くない、とは言えないが、大事ない。すまないね、心配をかけてしまったみたいで」


浮かべているのはいつもの笑みなのに、酷く弱々しい。


思わず目に涙が浮かぶ。


「すごく、すごく心配したの。伊兵衛様にもしものことがあったらどうしようって」


「は、ははは。まさか。その様な事……うっ!」


伊兵衛は小さく呻くと、痛みに眉を寄せた。


「無理しないで。まだ、そのまま休んでいて。また、お見舞いに来ますから」


そっと手を離して立ち上がる。伊兵衛はそれを目で追いながら、ずっと「すまない」「ありがとう」と繰り返していた。


「……伊兵衛様の容態は?」


部屋を出ると、控えていた兵に問う。


「薬師の話では、今はまだ危うい状態であると。全身に矢を浴びた様で──。幸い、致命傷となるものはございませんでしたが、傷口から細菌が入り、高熱を出されております。熱が引かねば、最悪の状況も覚悟せねばならぬやもしれませぬ」


「そう……」


息を吐くと、自身の手を見つめる。


あの時握った伊兵衛の手は、驚く程に熱かった。


このまま熱が引かず、万が一の事になったら。


恐らく伊兵衛は苦しみ抜き、命を落としてしまうのだろう。


(可哀想な伊兵衛様。伊兵衛様に、辛い思いなんてさせたくない……)


伊兵衛は今まで、色々な事を教えてくれた。


人の愛情、そして命。


人の命はずっと続くものではない。


寿命は予め決まっており、それを全うすべきだといつも語っていた。


もしも伊兵衛の寿命が、ここで尽きるべきだと決まっているなら。


それを全うさせる為にできる事はなんだろうか。


(あぁ……。わかったわ。鼓子花に全部任せてね。きっと、救ってあげるから)


笑みを浮かべると、踵を返して自室へと戻って行った。

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