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愛があれば何をしても許される  作者: 石月 ひさか
四・不安な気持ち
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鼓子花は夢を見た。


これは経験した事なのか、はたまた、ただの空想や願望なのかはわからない。


縁側に座る鼓子花はまだ幼くて、目一杯足を伸ばしても、爪先が地面につく事はなかった。


宙に浮いた足をぶらつかせ、じっと空を見上げる。


雲一つない晴天なのに、それが妙に恨めしく思えた。


真っ青な空を、数羽の雀が横切る。


まるで、一人ぼっちの鼓子花を小馬鹿にしている様に見えた。


「っ……」


それに苛立ちを覚え、手にしていたお手玉を振りかぶる。


当たるはずがない。


案の定お手玉は放物線を描き、ぽちゃりと池に吸い込まれていった。


「鼓子花」


その時ふと、穏やかな声が聞こえて振り向く。


そこには華やかな着物を纏った美しい女性が立っており、鼓子花の手元を見つめていた。


「何をしたのですか?」


「すずめが、鼓子花をばかにしたの」


そんなつもりは一切ない雀達は、近くの木に止まって絶え間なく囀ずっている。


鼓子花は庭先に飛び降りると、足元にある小石を掴んだ。


「おやめなさい」


「すずめが笑った。鼓子花をばかにして笑ったのっ」


だが鼓子花の力では、小石は木の上の雀には届かない。


再び地面の石の中に紛れてしまう。


「鼓子花……」


女性は、涙を浮かべながら雀を睨み付けている鼓子花をそっと抱き寄せた。


「雀は、あなたを笑ったりなどしませんよ」


「でも、わらったもの。鼓子花がいつも一人ぼっちだから、可哀想だって。あいされてない子供だってわらったの」


鼓子花は毎日一人きりで過ごしていた。


父は生まれてこの方、数回しか顔を合わせた事がない。


勿論、遊んでくれる事だってない。


広い屋敷の中でいつも一人きりで、世話をしてくれるのは、顔も覚える暇もない程の沢山の侍女達だ。


女性は優しく鼓子花の頭を撫でると、抱き上げて膝に乗せてくれた。


「あなたは皆に愛されていますよ。父様も母様も、皆、鼓子花が大好きなのです」


「……ほんとうに?」


恐る恐る問う。こちらを見て微笑む女性──母は、どこか自分に似ている。


「本当ですよ。父様は今、お国の為に頑張っていらっしゃるのです。とても御忙しいから、鼓子花に会いたくても会えないのですよ」


「それじゃあ……母様は?」


鼓子花の記憶では、母の姿はない。


今こうして抱き上げ、頭を撫でてくれているのに、その記憶がないのだ。


「母様は──鼓子花を抱き締めたくとも、してあげられないのです」


「どうして、してくれないの?」


「それは……」


不意に母の口元から水が流れ、鼓子花の頬に落ちた。


一瞬、涙かと思った。だが、指で触れたそれは生暖かく、嫌な臭いがした。


「なに、これ」


ぽたり……ぽたりと、滴が鼓子花を濡らす。そっと指で拭い、見つめる。


その色を見た瞬間、目を見開いた。


「それは……母様はもう、この世にはいないからなのです」


真っ赤に染まった指を見つめながら、視線を上げる。


「ひっ……いいいい!」


体が震え、歯がガチガチと鳴る。


見上げた先に、母の顔はなかった。


首から上だけがそっくり失われており、すっぱりと切られた切り口から、止めどなく血が溢れていた。


「あ、あ……あああ……」


言葉が出ない。


母の体はぐにゃりとまがり、縁側に倒れ込んだ。


鼓子花も体を投げ出され、尻餅をついてしまう。


「鼓子花姫様」


どこからか、阿利乃の声がした。


思わず顔を上げる。


そこには最早母の体はなかった。


代わりに、怨めしそうな表情を浮かべた首が三つ並んでいた。


それは、河内の──秋之進、 妻の藜、そして娘の阿利乃だ。


「あ、阿利乃姫、様……」


「鼓子花姫様。どうして武時様は、妾達を殺したの?」


首が問う。


だが、鼓子花には答えられない。


「ねぇ、鼓子花姫様。妾達はお友達になったのではなかったの?父様達はお友達ではなかったの?それなのに何故──何故、武時様は……」


「こ、鼓子花にもわからない。わからないの……!ごめんなさい、ごめんなさい……ごめんなさい!」


耳を塞ぎ、その場で踞りながら何度も謝る。


「ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい、ごめんなさい……!」


耳を塞いでいるのに、血が滴る音が頭の中に響く。


そして、阿利乃や藜の悲鳴も。


泣き叫び、命乞いをする声。


秋之進の咆哮。


目にした事がないのに、閉じた瞼の裏に浮かぶ。


戸惑い、逃げ惑う河内の兵達。


それを追い、容赦なく斬りつける高野瀬の兵。


指揮するのは、父の武時だ。


隣には笑みを浮かべた伊兵衛が立っている。


家族を守る為、腹を決めた秋之進が刀を構えて迎える。


父も刀を抜き、そして──。



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