茶会への道中
鼓子花は馬車に揺られ、小窓から真っ青な空を見上げていた。
すっかり春の陽気になり、最近は薄い上掛け程度で出歩けられる程に暖かい。
吹く風はさすがに少しだけ肌寒いが、降り注ぐ陽の光は穏やかな陽気を含んでおり、頬を撫でる冷たさを心地良く感じた。
ガタガタと揺れる振動に身を任せながら外を眺めていると、不意に声をかけられた。
「何か面白いものでもあるかい?」
振り向くとそこには伊兵衛がおり、壁に背もたれて本を読んでいた。
「ううん。何もないけれど、風が気持ち良いの」
「そうかい?僕には少しだけ肌寒く感じるけれどね」
鼓子花は暗に寒いと言われている事に気付き、慌てて窓を閉める。
自分は上掛けを羽織っている為気づかなかった。
「ごめんなさい。風邪引いちゃった?」
「少し肌寒く感じただけだよ。それに、そんなに早く風邪を引いたりしないよ」
伊兵衛は小さく笑うと、再び本に視線を落とした。
鼓子花達が乗る馬車は、隣国にある父の友人の城へと向かっていた。
なんでもその隣国とは父が若い頃からの長い付き合いで、茶会に招かれたらしい。
会った事はないがその家の長女は年も近く、是非話をしてみたいと言われた為、鼓子花も久しぶりに城を出て同行する事となった。
「あと、どのくらいで着く?」
城を出てから半時以上は馬車に揺られている。
先ほど景色を見ていた限りでは、森の中を走っているらしい。
伊兵衛は少しだけ考えると「あともう少しかな」と答えた。
「あともう少しって、さっきもそう言ったのに」
少しだけ眉を寄せると、伊兵衛は書物から視線を上げて「退屈かい?」と笑った。
「ちょっとだけ。だって、先からずっと本を読んでるのだもの」
こんなに時間がかかるとは思っていなかった為、あいにく鼓子花は暇を潰せる物を持参していなかった。
伊兵衛と同じ馬車だと聞いていたので、話をしていればすぐに時間は過ぎるだろうと思っていたのだが、生憎ずっと本を読まれている為、いい加減退屈になってきてしまったのだ。
伊兵衛は退屈だと伝えると、すぐに本を伏せてくれた。
「それはすまなかった。じゃあ、何か話そうか」
「うん」
常に鼓子花を優先してくれる所が伊兵衛の優しさだ。笑みを浮かべ、隣に腰を下ろす。
「もう一度だけ聞きたいのだけれど、今から行く家は大河内様よね?」
「違うよ。河内家だ。名前は間違えない様に。先方に失礼だ」
「河内様ね。姫様の名前はなんだっけ?」
そう問うと、伊兵衛は苦笑いを浮かべ「阿利乃姫だよ」と答えた。
「阿利乃姫は君より一つ年下だったかな。名前の通り可愛らしい子だ。きっと君と仲良くなれるさ」
頭を撫でられ、そのまま肩に頭を乗せる。
「鼓子花、あまりお友達はいないから、仲良くなれたら嬉しい。阿利乃様は長女なのよね?」
「あぁ。でも、長女と言っても、確か上に兄が三人いたかな。だから実質末っ子だ。箱入り娘らしい」
箱入り娘という言葉は、自分も時々親族や知り合いから言われる事がある。
鼓子花は、近江国の一部を制圧する高野瀬武時の一人娘だ。
過度な人見知りと内気な性格の為、日々は屋敷にこもって双六や和歌を詠んで過ごしている。
それ故に、何も知らない者達は、武時が娘を盲愛していると勘違いしているらしい。
「兄弟がいるなら、話が合わないかもしれない」
「そうかい。きっと君と価値観は似ていると思う」
「?」
鼓子花は、自分が知る限りでは一人っ子だ。
その為、なぜ兄弟のいる阿利乃と価値観が合うと言われるのか理解できなかった。