表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愛があれば何をしても許される  作者: 石月 ひさか
四・不安な気持ち
19/27

三つの首


朝餉が済み、軽く食休みをした鼓子花は、侍女達を集めて身支度を整えていた。


普段は小袖が大半で、滅多に打ち掛けは羽織らない。


だが、勿論着る物がないわけではない。


一人娘の鼓子花は何かと(主に伊兵衛から)買い与えられており、今まで一度も袖を通した事のないものが沢山ある。


「外出する時はどんな格好が良いのかな……。もしかして、袴の方がいい?」


何着目かの着物に袖を通し、鏡を見ながら呟く。


いつもは全て侍女に任せきりで無関心だった為、こんな時にはどんな格好をすれば良いのか全くわからない。


「確かに袴は動き易いとは思いますが、せっかく意中の殿方とのお出かけですから。いつも通り、同じ色合いのものを合わせましょう。帯はこちらを。被衣は──必要ございませんでしょう」


「これで、大丈夫……?」


鏡に映る自分の姿は、いつもとあまり変わらない。強いて言えば着物が見慣れない色合いである事と、薄化粧をしてもらったくらいだ。


侍女は胸を張って頷く。


「姫様はそのままでも充分お可愛らしいですから。ご心配召されずとも大丈夫ですよ」


「う、うん……」


今までの癖で、伊兵衛にも見てもらいたいと言いかけた。だが、朝から城を空けているのを思い出す。


暫し悩んでいたが、女の服装の事は女の意見が間違いないだろうと思い直し、いそいそと静景との待ち合わせ場所へと向かった。


「お待たせしました」


やって来たのは屋敷の門の前だ。


そこにはすでに静景が立っており、こちらを見ると穏やかに笑んだ。


庭先に下りれば目と鼻の先だが、離れた場所で待ち合わせる必要はないだろうと、この場所を指定されたのだ。


門の前に立つ静景の格好は、先日とはまた違う色合いの着流し姿だった。


藍色──正しくは紺鼠色だろうか。落ち着いた色合いがよく似合っている。


「行くぞ」


静景は踵を返して歩き出す。


鼓子花も後に続き、真っ直ぐ続く下り道を歩く。


歩きながらふと、刀にかけていた手に視線をやる。


男の人らしく角ばった指をしている。きっと、鼓子花の手よりも二回り以上大きいだろう。


(手……繋ぎたいな)


伊兵衛はいつも、一緒に歩く時は手を引いてくれた。


それは幼少期からずっとで、今も変わらない。


だが今鼓子花が握りたいのは保護者の手ではない。


恋仲の、静景の手だ。


「静景さん」


「なんだ」


「手を……繋いでも良い?」


静景は僅かに顔を強張らせた。


恐らく、なんと返事をすればいいのかわからず悩んでいるのだろう。


これは怒っている顔ではない。


段々、表情から心情を察することができるようになってきた。


「あ。だ、駄目ならいいの」


このまま悩ませておくのも申し訳なく思い、手を引く。が、その瞬間、腕を引かれて強く握り締められた。


「これで、良いか」


初めて触れた静景の手は、思っていたよりも大きく、暖かかった。


「あ、ありがとう……ございます」


心臓が高鳴る。


自分からねだった事なのに、今すぐ手を振りほどいてしまいたくなる程恥ずかしくなってきた。


(ど、どうしよう。静景さんと手を繋いじゃった……。誰かに見られていない?変じゃない?)


きょろきょろと辺りを見回す。


落ち着かない様子に、静景は手を引いて歩きながら訝し気な表情を浮かべた。


「どうした。私達の後を追っている者など居らぬぞ」


「そ、そうじゃなくて……。大丈夫、です」


顔が熱くなり、上げる事ができない。


高鳴る鼓動が聞かれまいかとどきどきしながら、腕を引かれるまま歩き出す。


城下町への道のりは、思っていたよりもずっと長かった。


曲輪を出て石段を降り、足場の悪い砂利道を進む。


城は思ったよりも高台に作られていたらしく、ちょっとした山を下山している様だった。


「足元に気を付けろ」


「はい」


毎日人々が使う道の為、決して険しいものではない。だがあまり出歩かない鼓子花にとってはなかなか堪えるものだ。


ただ下っているだけなのに息が上がる。


最初は恥ずかしがっていた右手も、繋いで貰って良かったと思えてきた。


もしも静景の手がなければ、今頃転んでしまっていただろう。


「静景さん……町は、まだですか?」


「あぁ。ここから更に東に下る。恐らく半時も──」


呟いた時、勝鬨らしき声を耳にした。


「誰かいるのかな?」


左右にはまだ木々が並んでおり、人がいるのは見えない。だが、声や物音から、沢山の人がいるであろう気配は感じた。


静景はそちらを見ると、ぴたりと立ち止まった。


「どうかしたの?」


まさか、敵襲なのだろうか。それとも山賊や野武士だろうか。


恐る恐る問うと、静景は「よもやお戻りになられたのか」とぼやき、手を繋いだまま、そちらに向かって歩き出す。


「ま、待って。そっちに一体何があるの?」


どんどん先に先に進む静景に、なんとかついて行く。


そして道が開けた瞬間、視界に入ってきた光景に、鼓子花は目を丸くした。


目の前には古びた寺があり、沢山の兵が群がっていた。


そして上座の中心には、父──武時の姿が。


「父様……。お寺で何をしてるのかしら」


格好から、戦から戻ってきたのだろうという事はわかった。


何故か、いつも傍にいる伊兵衛の姿がない。


静景は意識的か無意識か、鼓子花の手を離すと、その場に立ち尽くし、目の前の様子を見つめている。


一人の兵が、何かを持って父の前に跪く。


そして、それが何であるか理解した瞬間、鼓子花は小さな悲鳴を上げた。


兵がつかんでいたのは、目を半開きにした生首だった。


よく見ると、周りにも沢山の首が台に乗せられている。


「あれは……何?」


わかっているのに、一目では人間の首とは思えなかった。


皆一様に目を閉じ、中には綺麗に化粧を施されているものまである。


まるで大きな人形の首を飾り立てている。そんな光景に思えたのだ。


唖然と立ち尽くす鼓子花に、静景は淡々と語る。


「あれは首台だ」


「くびだい……?」


「戦で討ち取った敵兵の首級を検ずる為に、あの様に首台に並べる。本来は戦場近くで行われる事だが……持ち帰られたのだろう」


「……」


言葉は理解した。だが意味が頭に入ってこない。


それでも、あそこにある首は皆、間違いなく人間のもので、高野瀬との戦に敗れた者達なのだということは理解できた。


「武時様と伊兵衛様は、兵を連れて出陣されていたのだ」


「そう、なの。だから朝からいなかったのね。相手は誰なの?」


自分でも不思議な程淡々と言葉が漏れた。


人の死体を見るのは初めてなのに。


本当は恐ろしいものであるはずなのに、全くそう思えなかったのだ。


それは、彼らが美しく化粧を施されているからか。それとも、見ず知らずの人ばかりだからか。


鼓子花は晒された首を、一つ一つ確認していく。


そしてその中にあり得ないものを見つけた。


見た事のない男達が並ぶ中、ひときわ目立つ女の首。


それは先日遊びに行った、河内の長女・阿利乃と、その母の藜だった。


そしてよく見ると、その隣には 河内当主の──。


「あ、あ……阿利乃様っ!」


それに気付いた瞬間、鼓子花は悲鳴を上げていた。


兵達はぎょっとした表情を浮かべて振り返る。


「な、なぜこちらに姫様が!」


「お待ちください、姫様!」


皆が止め、足が縺れるのも構わず、首台に駆け寄る。


「あ、阿利乃姫様っ……!藜様ぁぁぁ!」


触れる前に静景の腕が伸び、鼓子花の腕をつかんで引き寄せる。


「いやっ……どうして……どうして、阿利乃姫様……どうしてぇぇっ」


ここに並ぶ首は皆、高野瀬の兵に殺られた者達だ。


兵達は挙兵の命がなければ動かない。独断で河内に攻め入り、討ち取る事はしない。


そして、命令を下すのは、父──高野瀬武時以外にあり得ない。


「どうして……どうして、どうして……!」


父と河内は幼少期からの友人ではなかったのか。


つい先日茶会に招かれ、友情を確かめあったのではなかったのか。


何故、阿利乃は鼓子花と友人になったのか。


攻め入り、殺してしまうならばなぜ──。


「ああぁぁぁぁっ!」


鼓子花は髪を掴みながら絶叫し、その場に倒れ込んだ。


そしてそこで、ぷつりと意識が途絶えた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ